このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。
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京都大学数理解析研究所に所属する研究者らが発表した論文「Odd Elastohydrodynamics: Non-Reciprocal Living Material in a Viscous Fluid」は、人間の精子細胞や一部の微生物(クラミドモナス藻)がニュートンの運動の第3法則(作用反作用の法則とも呼び、壁を手で押すと、壁も同じ大きさの力で手を押し返すという法則)に反して泳いでいるようにも見えることを明らかにした研究報告である。
これらの生物は、鞭毛(べんもう)という細胞の一部から突き出た細長い構造を用いて泳ぐ。この鞭毛は弾力性があり、周囲の流体と相互作用しながら形を変えられる。
このような細胞が液体中で微小なスケールで動く際、液体が細胞のエネルギーを奪うという問題がある。これは、液体が細胞の動きを減速や阻害する力として作用するためである。そのため、細胞が持つエネルギーが液体によって消耗されると、どれだけ鞭毛を活発に動かしても、細胞の遠方への移動は制限される。
この制約を乗り越え、細胞がどのように移動するのかを解明するため、研究者らは泳ぐ精子と藻類細胞の鞭毛の動きを分析した。その結果、これらの鞭毛が「奇弾性」という特性を持つことが判明し、この特性が細胞がエネルギーを大幅に失わずに動く要因であることが明らかとなった。
奇弾性とは、与えられた力に対して通常とは異なる反応を示す性質を指す。多くの物体は力を加えると、その反対方向に反応が生じるが、奇弾性を持つ物体はこの一般的な反応とは異なる。
研究チームはこの奇弾性を数値化し「奇弾性率」という指標を導入した。この指標が高いほど、流体が鞭毛の動きを制限することなく、細胞は「非相反的」(ある動作や過程が逆の方向には同じ効果や結果を持たないことを指す)に移動できる。これは、ニュートンの運動の第3法則を実行的に破っていると見なす物理理論を意味する。
Source and Image Credits: Kenta Ishimoto, Clement Moreau, and Kento Yasuda. Odd Elastohydrodynamics: Non-Reciprocal Living Material in a Viscous Fluid.
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