2023年12月9日、EUの閣僚理事会と欧州議会は包括的AI規制である「AI法案」について、暫定的な政治合意に達したことを発表した。最終化はこれからになるものの、既にこの規制が施行された場合の影響について、さまざまな角度から分析が行われている。
その一つがガバナンスコスト、つまり「AI法のルールを順守するために必要となるコスト」の試算だ。AI法はAIの開発企業はもちろん、それを導入・利用する企業に対しても、さまざまな対応を求めている。
AI法では「リスクベース・アプローチ」といって、AIアプリケーションがもたらすリスクの大小に基づいて、対応を変える形を取っている。具体的にはリスクレベルを4段階に分け、それぞれ求める対応の厳しさを切り替える。
例えば、上から2番目にリスクが高いとされる「ハイリスクAI」に関して言うと「運用中にログを自動記録する機能を持たせるように設計、開発されなければならない」「提供者は規則に準拠するための品質管理システムを設置しなければならない」「提供者はそのシステムを市場に出す前、または運用を始める前に、適合性評価を受けなければならない」などを定めている。
規制される側の企業がこうした対応を実現するには、当然ながらお金がかかる。それが具体的にどの程度の金額になるのが、各所で試算が行われている。
例えば21年7月、データ活用に関する調査を行っている米国のシンクタンクCDIが「AI法は欧州にどのくらいのコストをかけるのか?」というレポートを発表したが、この中で同社は、AI法が今後5年間で欧州経済に310億ユーロの損失をもたらすと結論付けている。
そして「ハイリスクAIシステムを導入する欧州の中小企業には、最大40万ユーロのコンプライアンスコストが発生し、その結果、利益が40%減少する」と試算している。
本当に利益が4割も減るのであれば、企業にとっては無視できないダメージだ。実際にCDIは「AI法が過大なコンプライアンスコストを課すことで、AIへの投資を望む企業や、EU内で新しいAIベンチャーを立ち上げようとする企業に冷や水を浴びせかけることになるだろう」と警告している。
ただ一部の報道によれば、EUはこの試算には「欠陥がある」として、結論に同意していないという。AI法が厳しいコンプライアンスを求めているのは、前述の「ハイリスクAI」であり、そうしたAIアプリケーションの数が過大評価されているというのだ。
全てのAIアプリケーションに過大なコンプライアンスコストがかかるわけではなく、厳しい対応が求められるAIの割合は限定的なので、AIへの投資意欲が阻害されることはないというわけである。しかしCDIは「EUが想定するハイリスクAIの割合(10%程度)は恣意的であり、またAI法の定義が曖昧で、導入後に「ハイリスク」と見なされるAIの種類が増えることが予想される」として、EUの反論は的外れだとしている。
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