このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。
Twitter: @shiropen2
米ノースカロライナ大学チャペルヒル校と米マーシャル大学に所属する研究者らが発表した論文「Chemobiosis reveals tardigrade tun formation is dependent on reversible cysteine oxidation」は、クマムシが過酷な環境下でも生き抜くメカニズムを解明した研究報告である。
クマムシは、8本の脚を持つ微小な無脊椎動物で、凍結温度や強い放射線などの不利な条件下でも生き延びる能力を持つ。この極限状態での生存能力は、過酷な状況下で脚を引っ込め、体内の水分を大幅に減らし、球体状の「乾眠」と呼ばれる休眠形態に変形することによる。しかし、この乾眠形態への移行メカニズムは、長らく不明であった。
この研究において、乾眠形態への移行を引き起こすメカニズムを解明した。研究では、クマムシを高濃度の過酸化水素や砂糖、塩、または-80度の温度にさらし、乾眠を誘発する実験を行った。
その結果、これらのストレスによってクマムシは活性酸素種(ROS)と呼ばれる有害で反応性の高い分子を生成することが明らかになった。これらの分子は、体内のタンパク質を構成するシステインというアミノ酸を酸化し、タンパク質の構造と機能を変化させ、休眠状態の始まりを示す。ストレス条件が改善されると、システインの酸化が停止し、これがクマムシに乾眠から目覚める信号となることが判明した。
さらに、抗酸化剤を用いた実験において、システインの酸化を阻止することで、クマムシは乾眠形態に入ることができなくなり、過酷なストレスに耐えられなくなることを観察できた。
これらの実験から、クマムシは過酷な状況下に置かれると活性酸素種が生成され、システインの酸化を引き起こして乾眠が誘発され、結果として極限状態でも生き延びられることが分かった。
Source and Image Credits: Smythers AL, Joseph KM, O’Dell HM, Clark TA, Crislip JR, Flinn BB, et al.(2024)Chemobiosis reveals tardigrade tun formation is dependent on reversible cysteine oxidation. PLoS ONE 19(1): e0295062. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0295062
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