世界中の人が大きな影響を受けた新型コロナウイルスの蔓延は、日本では2020年以降大きく社会の在り方を変えていった。それ以前から政府では働き方改革を推進してきたが、ある意味コロナ禍によって強制リセットが行なわれ、通勤せず家庭内からリモートで仕事をするという働き方が爆誕した。
ここで注目されたのが、リモート会議用のコミュニケーションツールである。Webカメラが市場から在庫が払底するなどの珍現象を生んだが、同時に音声モニター用のイヤホンやマイクはどうするんだという問題に直面した人も多かった。
2020年10月に登場したShokzの「OpenComm」は、同社得意の骨伝導製品にブームマイクを搭載した製品だ。クラウドファンディングで目標額の50万円に対して8257万円の支援を集めたのだから、大成功と言っていいだろう。
家庭内で仕事をすれば、仕事と家庭内の家事がミックスされる。リモート会議の会話が聞こえる事はもちろんだが、子供が泣いた、宅配便が来たといった家庭内の状況も聞き取る必要があった。ここに、耳を塞がない骨伝導がすっぽりハマったわけである。ソニーが苦労して見出そうとした意味が、コロナ禍によって用意されたわけである。
年が明けた2021年1月〜2月、音声SNS「Clubhouse」の突然の大流行により、多くの人が音声通話能力が高いイヤホンを求め始めた。Clubhouse自体は1カ月程度のブームで沈静化したが、多くの人が音声コンテンツに目覚め、仕事や家事をしながらの「ながら聴き」の下地ができた。
2022年は、ながら聴きイヤホンの当たり年だった。コロナ禍が始まった2020年から商品企画をスタートし、開発、設計、製造まで2年かかると考えれば、だいたい2022年に製品が並ぶ事になる。
ソニー「LinkBuds」は耳穴に入れるインイヤー型ながら、通常は塞ぐはずのボイスコイル部分のキャップを無くしてドーナツ型にするという新ドライバで登場した。構造が特殊なので、音量が稼げないというデメリットはあったが、音質的には低域をEQで補正すれば、まずまずのサウンドだった。
耳を塞がない意味をずっと追求してきたソニーでは、「LinkBuds」向けに特定の場所に行くとツアー音声が聞こえるという、「Locatone」というサービスを開発した。
またマイクロソフトにスマートフォンのGPS情報と連動して、周囲にあるランドマークの情報を音声で読み上げるという「Soundscape」というプロジェクトがあり、これとも連携した。ただこのプロジェクトは翌年開発が終了し、オープンソースとなった、それとともに、LinkBudsとの連携も終了してしまった。
LinkBudsのドーナツ型ドライバは難易度の高い期待の新技術だったが、そのわずか4カ月後には普通のカナル型ノイキャン構造の外音取り込み機能を使った「LinkBuds S」を製品化したことから、消費者は混乱した。外音が聞こえれば同じ事かもしれないが、耳を塞がないってそういう意味じゃないだろうというツッコミがネット上で相次いだ。
すでに世の中は、イヤホンを長時間装着する前提ならカナル型はキツいというのが、一般の感覚になっていた。つまりながら聴きは、これまでにない開放的装着感とセットになっていたのだ。LinkBuds Sも時間をかけて仕込んできた製品なのだろうが、耳を塞がないメリットや意味が、世間のニーズとズレてしまっていた。
その間にある種のゲームチェンジャーとなったのが、2022年3月発売のShokz「OpenRun Pro」だった。Runの名前の通りスポーツ向けモデルだが、骨伝導でありながら空気振動も併用するとこで、低音特性を大幅に改善した。耳を塞がない製品で、もう低音を諦めなくてもいいんだという流れを作った製品として画期的であった。
この年がながら聴きの当たり年だった理由は、骨伝導ではなく、ダイナミックドライバを耳元で鳴らすという方法論が確立したからである。ビクター「HA-NP35T」、中国Dancing Technologyの「Oladance ウエアラブルステレオ」、NTTソノリティ「nwm」など、多くのメーカーがこの分野に参入した。
中でも特筆しておくべきは、aiwaの「Butterfly Audio」である。直径10cmのダイナミックドライバを、ネックバンドから立ち上げて耳のそばで鳴らすというものだ。元々はテレビ関連商品として開発されたもので、どちらかと言えば以前流行したネックバンド型テレビスピーカーに近い。ただその低音と独特の音場感は、力づくとはいえ、他に類を見ないサウンドであった。
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