このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。
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英マンチェスター大学とオーストラリアのメルボルン大学の研究者らが発表した論文「Highly 28Si enriched silicon by localised focused ion beam implantation」は、天然シリコンに含まれる不純物を取り除いた超高純度のシリコンを用い、信頼性の高い量子ビットを製造する方法を提案した研究報告である。
量子コンピュータは、量子ビットと呼ばれる特殊な量子状態を利用して計算を行う。量子ビットは、古典ビットとは異なり、0と1の状態を同時に取ることができるため、膨大な量の情報を並列に処理できる可能性がある。しかし、量子ビットは環境の微細な変化に影響されやすく「量子コヒーレンス」を維持するのが難しい。
量子コヒーレンスとは、複数の量子ビットが互いに干渉し合い、同期した量子状態を保つことを指す。この状態が維持されている間は、量子コンピュータは正しく計算を行える。しかし、環境からのノイズによって量子コヒーレンスが失われると、計算結果にエラーが生じてしまう。
研究チームは、シリコンチップ中のシリコン29の存在が量子コヒーレンスを乱す主な原因であると考え、その含有量を大幅に減らすことで問題の解決を図った。天然のシリコンには約4.7%のシリコン29が含まれているが、研究チームは集束イオンビーム装置を用いて、その同位体比をわずか0.00023%(2.3ppm)まで下げることに成功した。
この超高純度シリコンは、シリコン28の集束イオンビームをシリコン基板に照射することで製造される。基板中のシリコン29がシリコン28に置換されることで、局所的な濃縮領域が形成されるのである。この装置は、既存の半導体製造設備で広く使われているものであり、特別な設備投資を必要としないのが大きな利点である。
理論計算によると、この高純度シリコンを用いることで、単一電子スピン量子ビットのコヒーレンス時間を10秒以上に延ばせる可能性がある。この時間は、現在の記録である0.95ミリ秒から4桁以上の改善に相当し、複雑な量子アルゴリズムを実行するのに十分な長さである。
「次のステップは多くの量子ビットで量子コヒーレンスを同時に維持できることを実証することになる。わずか30個の量子ビットを持つ信頼性の高い量子コンピュータは、一部のアプリケーションでは今日のスーパーコンピュータの能力を超えるだろう」と論文著者のジェイミソンさんがプレスリリースで述べている。
Source and Image Credits: Acharya, R., Coke, M., Adshead, M. et al. Highly 28Si enriched silicon by localised focused ion beam implantation. Commun Mater 5, 57(2024). https://doi.org/10.1038/s43246-024-00498-0
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