――コロナ禍という状況下で、制作体制も特殊だったそうですね
糸曽:はい。おそらくテレビアニメとしては他にあまり例がないと思いますが、本作ではまず全編を実写で撮影するという手法を取りました。屋外のシーンは実際に江の島で、屋内のシーンはスタジオで撮影しました。約20分×12話で合計240分、つまり4時間ほどの映像を、声優・役者志望の方々に協力いただき、撮影しています。
なぜこのような手法を取ったかというと、声優・役者志望の方々に実写で演じてもらうことで、キャラクターの動きや表情、せりふの間などをよりリアルに捉え、アニメーション制作に生かすことができると考えたからです。実写映像は、多数のカメラで撮影し、さまざまなアングルからベストショットを選びました。その後、私が自ら編集作業を行い、アニメーションのレイアウトや演出の参考にしてもらおうと考えました。
実は、当初は絵コンテを廃止して、実写映像をベースにアニメーションを制作しようと考えていました。しかし、一部のスタッフや外部の会社の中からは、「絵コンテがないと、どのように作画すればいいのか分からない」という意見が多くでました。私の考えが少し早すぎたのかもしれません。結果として、私が大半の絵コンテを描くことになりましたが、これはこれで良い経験になりました。
ただ、実写映像が完全な無駄になったわけではなくて、実写撮影を行ったことで、頭の中の世界観やストーリーが整理され、より具体的なイメージを持って制作に取り組むことができたと感じています。例えば、キャラクターの配置や動きのイメージ、カメラアングル、背景の雰囲気などが、実写映像を通して明確になりました。また、江の島の実際の風景を元に背景を描き起こすことができ、レイアウト作成の効率も上がりました。
――なるほど。実写映像をビデオコンテとして活用することを目指されていたわけですね。ちなみに、作画用紙に映像が配置されているのはなぜでしょうか?
糸曽:はい。アニメーターが実写映像を参考にしやすいように、タップ穴のある作画用紙に映像を配置しました。実写映像を見ながら、キャラクターの動きや表情、タイミングなどを把握してほしいという意図ですね。デフォルメされたキャラクターであっても、人間の自然な動きを再現することで、より生き生きとした表現が可能になると考えました。
もしキャラクターがリアル寄りであれば、実写映像をそのままトレースする「ロトスコープ」という手法で制作することもできたかもしれません。しかし今回はデフォルメされたキャラクターなので、その手法は使えません。そこで実写映像を参考にしながら、アニメーターが手描きでアニメーションを作成するという方法を採用しました。
また、アフレコの際にも、声優さんたちに実写映像を見てもらい、役作りや演技の参考にしてもらいました。声優さんたちからは、「実写映像があることで、キャラクターの感情や状況を理解しやすかった」という意見をいただきました。事前に実写映像を見ることで、声優さんたちも役を深く理解し、より自然で感情豊かな演技をしてくれたと感じています。
――サンを演じる宝塚歌劇団出身の七海ひろきさんをはじめ、舞台の経験のある声優さんからすると、むしろ受け入れられやすく、「さらに高みを目指そう」となったかも知れませんね。アニメ映像やコンテ撮ではなく、モーションアクターの方々の演技を見て声を入れられているわけですものね
糸曽:そうなんです。12月7日に立川で先行上映会を行いましたが、そこに登壇した声優さんたちも、完全なアニメの映像としては初めて見たことになります。また、作画の段階でも実写映像を3Dレイアウトのように使いたかったわけですが、今回発見したのは、アニメを作る際はアニメーター、演出家をはじめとするクリエイターが演技を考えないといけない、つまり役者を兼ねているということです。
でも、彼らは演技をしたことはほとんどないわけですよね。例えば「ものを取るってこうだろうな」って想像しながら「ものを取る」動作そのものに注力して描いている。でもプロの役者さんにお願いすると、「ものを取る……これだと間が持たないな」と感じたら、なにか別の動作をアイデアとして加えてくれたりするわけです。その発想はなかったなと今回気が付きました。「この間だとこういう演技を加えたら良いんだ」って勉強になりましたね。
――予備動作なども含めた、いかにもアニメって動きではなくて、より自然だったり、所作自体により感情が乗る、といったことが起こりうるはずだと
糸曽:アニメーション制作では、限られた作画枚数の中で、いかに効果的にキャラクターを動かすかが重要になります。そのためアニメーターは、多くの動きの中から、どの動きを描き、どの動きを省略するかを常に考えながら作業しています。今回は実写映像を参考に作画を行うという試みも行いましたが、アニメーターの中には、どの動きを選べばいいのか迷い、結果として実写の動きを全てトレースしてしまい、作画枚数が膨大になってしまうケースもありました。これでは効率的ではないので、最終的には私が絵コンテを描き直すことにつながったのですが(笑)。
――どのようなきっかけでこの手法を試そうと思ったのでしょうか?
糸曽:実は、以前からこの手法に興味があり、いつか試してみたいと思っていました。きっかけは、絵コンテを描く作業に対する苦手意識です(笑)。
絵コンテは、監督が一人で頭の中でイメージを膨らませ、それを形にしていく作業です。非常に孤独な作業であり、精神的に追い詰められることもあります。また、絵コンテの段階では、まだ映像として完成していないため、他のスタッフにイメージを伝えるのが難しいという側面もあります。もっと効率的に皆でアイデアを出し合いながら制作を進める方法はないかと模索していました。
これまで、実写作品を手掛ける機会は何度かありました。実写の現場では、カメラマンや照明スタッフ、美術スタッフなど、さまざまな人がそれぞれの専門知識を生かし、アイデアを出し合いながら作品を作り上げていきます。こうした制作スタイルを、アニメーションでも実現できないかと考えたのです。そこで実写映像をベースにアニメーションを制作するという手法を思い付きました。
実写映像はいわば「動く絵コンテ」です。実写映像があれば、アニメーターや演出家だけでなく、声優や音響スタッフなど、制作に関わる全ての人が、具体的なイメージを共有することができます。それぞれの立場からアイデアを出し合い、より良い作品を作り上げていくことができるし、カメラワークや構図、演技などを事前に検証することができます。これにより、アニメーション制作における試行錯誤を減らし、効率的に作業を進めることができると期待しました。
――今回、作画の時点でははまらなかったかも知れませんが、プリプロの段階では生かせたということですね
糸曽:その通りです。脚本を文字で読んで面白いと思ったけど、声に出して読んでもらったら「ん?」となることがあって、シリーズ構成の村井さんにその場で直していただいたりもしていました。加えて、今回は「前世」という世界観が重要で、前世で起きた出来事が現世の記憶によみがえってくるという複雑な設定なんです。さらに、前世では性別が違っていたりもする。そういったさまざまな影響を意識しながら演じるのは、声優さんにとってかなり難しいんですよ。
でも、実写映像があったおかげで、声優さんたちも役柄を理解しやすかったんじゃないかなと思います。私の頭の中だけでなく、声優さんたちも含め、皆でアイデアを出し合いながら、より良い表現方法を探ることができたのは、本当に良かったと思っています
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