このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。
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東京大学とオーストラリアモナシュ大学などに所属する研究者らが発表した論文「Is my ‘‘red’’ your ‘‘red’’?: Evaluating structural correspondences between color similarity judgments using unsupervised alignment」は、異なる個人の色の見え方を構造的に比較・分析した研究である。
人間の主観的な色の経験が他者と共有可能かどうかという問題は、哲学や認知科学において長らく探求されてきた。なぜなら、色の感じ方は個人の内的体験であり、直接比較することが原理的に困難だからである。この研究ではこれまでとは異なるアプローチでこの問いに挑戦する。
実験には426人の色覚正常者と257人の色覚障がいを持つ人、計683人が参加した。参加者は93種類の色から作られたさまざまなペアをPCの画面で見て、それらがどの程度似ているかを8段階で評価した。
研究チームはこのデータを使って、各グループの「色類似度構造」を作った。これは93種類の色がどのように関係し合っているか、どの程度類似しているかを示す。次に“赤は赤”といった直接的な対応関係を前提とせず、色同士の関係性だけを基に、異なるグループの色類似度構造と比較した。
具体的には、2つの異なる空間にある点同士の関係性のみを使って、ラベル情報(ここでは色ラベル)なしに最適な対応関係を見つける数学的手法「GWOT」(Gromov-Wasserstein Optimal Transport)を使用して色の類似度構造を対応付けた。
結果は、まず色覚正常者同士のマップを比較すると、正しく対応する確率は51%となり、偶然の一致率(1.1%)をはるかに上回った。これは色覚正常者同士なら、色の感じ方の構造が非常に似ていることを示している。色覚障がいを持つ人同士でも同様に、正しく対応する確率は57%と高かった。
ところが、色覚正常者と色覚障がいを持つ人のマップを比較すると、正しく対応する確率はわずか3.8%で偶然に近い数値を示した。特に、色覚障がい持つ人のマップでは赤と緑が近い位置にあるのに対し、色覚正常者のマップではこれらは遠く離れていた。
この結果から、同じ色覚タイプの人々は色の関係性をほぼ同じように感じているが、異なる色覚タイプの人々は根本的に異なる色の関係性を持っていることが分かった。つまり、色覚正常者が「赤」と呼ぶ経験は、他の色覚正常者の「赤」と構造的に同じだが、色覚障がい者の「赤」とは異なるということである。
Source and Image Credits:Kawakita, Genji et al. Is my “red” your “red”?: Evaluating structural correspondences between color similarity judgments using unsupervised alignment. iScience, Volume 28, Issue 3, 112029
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