このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。
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中国の南方科技大学に所属する研究者らが発表した論文「PalateTouch : Enabling Palate as a Touchpad to Interact with Earphones Using Acoustic Sensing」は、舌で口腔内の上側をタッチパッドのようにして、イヤフォンを操作できる手法を提案した研究報告だ。
従来のイヤフォン操作は手を使う必要があり、両手がふさがっている状況では使いづらい。また、音声入力は会議や図書館などでプライバシーや騒音の問題があり、顔の表情を使ったインタフェースは疲労や社会的な恥ずかしさを伴うことがある。
こうした課題を解決するため、研究チームは「PalateTouch」というシステムを開発。このシステムは口蓋(上あご)をタッチパッドとして、舌をクリッカーとして活用するハンズフリーのイヤフォン操作システムだ。音響センシング技術を使用して、舌と口蓋の間の相互作用から生じるジェスチャーを検出する仕組みとなっている。
PalateTouchの仕組みは、耳の特性を利用している。舌が動くと茎突舌筋が収縮・弛緩し、それによって耳道の形状が変化する。舌が口蓋の異なる位置に触れると、筋肉が特有のパターンで収縮し、耳道に独特の形状変化を生じさせる。この変化をイヤフォンに内蔵されたスピーカーとマイクを使って検出する。
システムは、特別に設計した可聴域外の信号を耳道に送信し、耳道壁から反射された信号をマイクで捉える。受信した信号を処理することで、耳道の現在の状態を特徴づける伝達関数を導出。この伝達関数には舌と口蓋の接触位置に関する情報が含まれている。
PalateTouchでは、口蓋を水平方向に5つのエリア、中央垂直部分を3つのエリアに分割し、これらの位置を使ってジェスチャーを設計。研究チームは11種類のジェスチャーを設計し、ユーザー評価を行った結果、4種類のスライドジェスチャー(左、右、上、下)と5種類の水平クリックが最も好まれることが分かった。
システムの評価実験では、16人の参加者による多様な条件でのテストが行われ、9つのジェスチャーを高い精度で識別できることを示した。また、異なるユーザーや装着状態でも正確に動作するよう、自動校正メカニズムが組み込まれている。
ユーザースタディーでも「まるで舌でスマートフォンを操作しているように感じる」といった好意的な評価が得られている。
Source and Image Credits: Yankai Zhao, Jin Zhang, Jiao Li, and Tao Sun. 2025. PalateTouch: Enabling Palate as a Touchpad to Interact with Earphones Using Acoustic Sensing. In Proceedings of the 2025 CHI Conference on Human Factors in Computing Systems(CHI ’25). Association for Computing Machinery, New York, NY, USA, Article 115, 1-22. https://doi.org/10.1145/3706598.3713211
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