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「慢性痛」発生→脳に埋めた電極が電気刺激→和らぐ 各個人に合わせた「AIオーダーメイド脳刺激治療法」開発Innovative Tech

» 2025年09月08日 08時00分 公開
[山下裕毅ITmedia]

Innovative Tech:

このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。

X: @shiropen2

 米カリフォルニア大学サンフランシスコ校などに所属する研究者らが発表したプレプリント論文「Personalized, closed-loop deep brain stimulation for chronic pain」は、慢性的な痛みに苦しむ患者に対して、脳に電極を埋め込んで電気刺激を与える脳深部刺激療法(DBS)を提案した研究報告だ。

個別化脳刺激療法の研究概要

 従来DBSでは、全ての患者の脳の同じ場所に電極を埋め込み、一定の電気刺激を送り続けていた。しかし、この方法では効果が長続きせず、多くの患者で時間とともに痛みが戻ってしまう問題があった。

 この研究では、患者一人一人に合わせた「オーダーメイド」の個別脳刺激治療を行う。そのために、6人の難治性神経障害性疼痛患者を対象に、大脳半球ごとに最大14カ所を順番に刺激してみて、各患者に最も効果的な刺激部位を特定した。効果的な場所は患者によって異なっていた。

 次に脳の活動をリアルタイムで監視し、痛みが強くなったときだけ自動的に電気刺激を送るシステムを開発する。各患者から平均2000回以上の疼痛評価データと脳活動記録を収集し、AIを用いて高精度で痛みの状態(疼痛バイオマーカー)を予測できるアルゴリズムを作った。これにより、各患者の痛み具合を脳波から予測できる。

6人の患者での刺激効果

 患者には閉ループ脳深部刺激装置を埋め込んだ。この装置がリアルタイムで脳活動を記録し、AIにより同定された個人特有の疼痛バイオマーカーに基づいて刺激を自動調整する。

 実際の治療効果を確かめるため、本物の刺激と偽の刺激を患者にも医師にも分からないようにして比較した。その結果、偽の刺激では痛みが11%増加したのに対し、本物の刺激では痛みが平均50%(12〜87%の範囲)減少した。また、本物の刺激では1日の歩数も18%増えるなど、日常生活の改善も確認された。

 利点は電気刺激を送る時間が大幅に短縮されたことだ。従来の方法では常時刺激を送り続けていたが、新しい方法では必要なときだけ、全体の7〜55%の時間しか刺激していない。これにより電池が長持ちし、副作用のリスクも減る。

 5人の患者で最長3年半にわたって効果が持続していることも確認できた。従来の方法では時間とともに効果が薄れることが多かったが、個人に合わせた治療法では長期間の効果維持が可能になった。

Source and Image Credits: Prasad Shirvalkar, Ryan Leriche, Jeremy Saal, Jackson Cagle, Jordan Prosky, Isabella Joseph, Ana Shaughnessy, Ashlyn Schmitgen, Joanna Lin, Julian Motzkin, Heather Dawes, Caroline Racine, Andreea Seritan, Kristin K. Sellers, Coralie deHemptinne, Philip A. Starr, Edward F. Chang. Personalized, closed-loop deep brain stimulation for chronic pain. medRxiv 2025.08.11.25333010; doi: https://doi.org/10.1101/2025.08.11.25333010



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