このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。
X: @shiropen2
中国の吉林大学や上海科技大学などに所属する研究者らが発表したプレプリント論文「Room-Temperature Superconductivity at 298 K in Ternary La-Sc-H System at High-pressure Conditions」は、ランタン・スカンジウム合金と水素化合物を超高圧下(260GPa)で反応させることで、298ケルビン(=約25℃、以下「K」表記)という室温付近で電気抵抗がゼロになる超電導体「LaSc2H24」の合成に成功したと報告している。
超電導とは、電気を流しても中で失われることなく(電気抵抗がゼロ)永遠に流れ続ける状態をいう。これまでの超電導体は極低温でしか機能せず、実用化には液体ヘリウムなどによる冷却が必要であった。
超電導は1911年の発見以来、科学者たちの夢である「常温常圧超電導」の実現に向けて、長年にわたる研究が続けられてきた。常温常圧超電導とは、温度と圧力の両方が特殊な環境ではなく通常の生活環境レベルで超電導が起こることを示す。
近年、水素化合物において高温超電導の記録が次々と更新され、2019年には「LaH10」において250K(約-23度)での超電導が報告されていたが、室温には届いていなかった。また約170GPaと超高圧下が条件であった。
常温常圧超電導の研究はこれまで複数発表されてきたが、疑惑が多かった歴史がある。論文が発表されるものの再現実験が成功しなかったり、不正や捏造もあったりで常温常圧超電導の研究が発表されると世界中の研究者たちから厳しい目で見られるようになった。最近では2023年に発表された「LK-99」は記憶に新しいだろう。この物質も、世界中の研究者らが再現実験をしたが成功には至らなかった。
今回の研究では、ランタン(La)とスカンジウム(Sc)を約1対2の比率で混ぜた合金と、水素源としてアンモニアボラン(NH3BH3)を用い、ダイヤモンドアンビルセルという特殊な装置で物質を圧縮。レーザーで加熱することで新物質「LaSc2H24」を合成した。
実験では、各セルで異なる条件下での測定を行った結果、主に以下の超電導転移温度(超電導状態になる温度)を観測した。
セル4と5では電気抵抗が完全にゼロになることも確認され、セル4では最高温度約25℃として観測。ただし、260GPaという超高圧下が条件となる結果となった。
超電導を証明する方法として、電気抵抗がゼロになることに加えて「マイスナー効果」という現象がある。これは超電導体が磁場を内部から完全に排除する現象だ。しかし、今回の実験では試料があまりにも小さいため、マイスナー効果を直接測定することは困難だった。そこで研究チームは、外部から磁場をかけたときに超電導がどのように変化するかを調べることで、超電導であることを確認した。
実験では、セル4の試料に対して219GPaの圧力下で、0〜9T(テスラ、磁束密度の単位)までの磁場をかけた。その結果、磁場なしでは296K(23℃)だった超電導温度が、9Tの磁場下では285K(12℃)まで、約11度低下した。この磁場による超電導温度の抑制現象は、セル3、セル5などの他のセルでも同様に観察された。これらの結果は、合成した化合物が超電導体であることを示す証拠となっている。
この研究内容が真実であれば、常温常圧超電導ではないものの「超高圧下での室温超電導」が実現されたことを示す。一方、この論文は査読前であるため、外部の専門家による再検証する必要がある。
Source and Image Credits: Song, Yinggang et al. “Room-Temperature Superconductivity at 298 K in Ternary La-Sc-H System at High-pressure Conditions.”(2025).
「LK-99は超電導体ではない」 Nature誌が掲載 世界中の科学者の追試結果を紹介
常識破りの“常温常圧超電導体”発見か? Science誌「事実ならノーベル賞モノの大発見」
物質内にあるが見えない“暗黒状態”の電子 韓国などの研究者らが発見 超電導の仕組みを説明か
“錬金術”を発見か? 核融合で水銀→金に変換する方法、米国スタートアップが主張 プレプリントに注目集まる
明日使える“論文の雑学” ちょっと変わった論文たち 「本文0文字」「ネコが書いた」「著者が5000人超」などCopyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
Special
PR