権利の侵害を巡る、明確な一本のラインは存在しない――では、ある表現が許容されるか否か、考える道筋はどのように見いだせるのだろうか。
福井氏は、「江口さんの件については詳細を存じ上げず、個別の言及は控える」としながらも、SNS上で“トレース元”とされた写真については「著作物である可能性が高い」と見る。作品の巧拙にかかわらず、「その人なりの個性が表れていれば、それは著作物として保護されます」。
一方で、この件から離れて福井氏が指摘するのは、ある類似を「権利の侵害」と見なすことの重さだ。そもそも著作権とは、「表現上の特徴が、著作者の死後70年間にもわたって自動的に全世界で独占される」という、非常に強い権利だ。侵害と認定されれば損害賠償に加え、刑事罰の可能性も生じる。
そこで福井氏が提案するのは、「ある類似を『権利の侵害』と認定した結果生じる、今後の創作への影響」という視点だ。「『この類似レベルで侵害とされればクリエイターはやっていられない』のか。逆に、『このレベルを野放しにしていたら“パクリ天国”になる』のか。結果から逆算して考えてみるのも大事です」。
福井氏は、「権利の侵害とモラル・マナーの問題は切り離して考えるべきだ」とも警鐘を鳴らす。著作権・肖像権・パブリシティー権のいずれにおいても、法的に「侵害にあたる」と判断することは、国家の力を借りた表現の禁止が正当化されるという意味を持つためだ。「気持ちの上で混ざってしまうのはよく分かりますが、『けしからん』と感じるかとは分けて考えた方がよいでしょう」。
江口氏の作品を巡っては、企業や自治体が広告などから取り下げる動きが相次いでいるが、こうした判断が必ずしも法的な侵害を裏付けるものではない。広告効果やブランドイメージへの影響を考慮し、「使い続けるべきでない」と判断するのは商業的な選択の1つだ。「権利侵害でなくてもさまざまな配慮からやめる、というケースは世の中にいくらでもあります。一般論として、これらを否定するものではありません」と福井氏は話す。
「“表現の自由”の範囲内か、権利の侵害か」――ある表現の妥当性が議論される際、判断の軸はしばしばこうした対立軸に集約されがちだ。しかし多くの場合、そこでは権利の問題と感情の問題が混同され絡み合っている。いずれも切り捨てるべきものではなく、冷静な分析と細やかな議論が求められるといえそうだ。
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