2019年の開始以来、多様な最新論文を取り上げている連載「Innovative Tech」。ここではその番外編として“ちょっと昔”に発表された世界中の個性的な研究論文を独自視点で厳選、解説する。執筆は研究論文メディア「Seamless」(シームレス)を主宰し、日課として数多くの論文に目を通す山下氏が担当。イラストや漫画は、同メディア所属のアーティスト・おね氏が手掛けている。X:@shiropen2
中国の北京生命科学研究所などに所属する研究者らが2018年に発表した論文「Hypothalamic Circuits for Predation and Evasion」は、哺乳類の狩りと逃避行動を制御する脳の仕組みを解明した研究報告だ。
自然界において捕食者と被食者のやりとりは、双方にとって生死を分ける重大な出来事だ。動物が獲物を狩るとき、または敵から逃げるとき、脳のどの部分がこれらの行動を制御しているのか。マウスを用いた実験でこの問いに答えを出した。
研究グループが注目したのは、脳の外側視床下部と中脳をつなぐ神経回路。外側視床下部は食欲や覚醒など本能的な行動の制御に関わる領域として知られており、以前から捕食行動との関連が示唆されてきた。そこで光遺伝学やファイバーフォトメトリーといった技術を用いて特定の神経細胞だけを活性化または抑制し、その機能を調べた。
まず捕食行動について検討した。空腹のマウスにコオロギを狩らせる実験を行ったところ、外側視床下部から中脳の中脳水道周囲灰白質へ投射するGABAニューロンが、狩りの開始時に活動を高めることが判明した。
ウイルスを用いてこのGABAニューロンに光感受性タンパク質を発現させ、光(青色レーザー)で人工的に活性化すると、空腹でなくコオロギも未経験のマウスでさえ、即座にコオロギに襲い掛かり、前足で押さえつけてかみ殺すようになった。
このニューロンの活性化は、おもちゃ(カロリー価値のない人工的な獲物)や、同種の他個体に対してさえも攻撃を引き起こした。これは、GABAニューロンが単に空腹を満たすためではなく、捕食という行動そのものを駆動していることを示している。逆にこのニューロンを抑制すると、空腹のマウスでも捕食行動が止まった。
一方、逃避行動には別の神経細胞が関与していた。同じく視床下部から中脳へ投射するグルタミン酸ニューロンだ。グルタミン酸は興奮性の神経伝達物質であり、GABAとは逆の作用を持つ。このニューロンは逃避行動中に活性化され、人工的に刺激すると、マウスは餌を食べている最中であっても即座にその場から逃走する回避行動を示した。
またこのニューロンを抑制した場合、マウスは実際に攻撃を受けるまで逃げようとしなくなり、迫りくる危険を予知して回避する能力が著しく損なわれた。つまり、この回路は単に逃げる動作を引き起こすだけでなく、危険を予測し回避行動へ移るための判断に不可欠であることを示した。
Source and Image Credits: Li, Y., Zeng, J., Zhang, J., Yue, C., Zhong, W., Liu, Z., Feng, Q., & Luo, M.(2018). Hypothalamic circuits for predation and evasion. Neuron, 97(4), 911-924.e5. https://doi.org/10.1016/j.neuron.2018.01.005
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