2019年にスタートした本連載「Innovative Tech」は、世界中の幅広い分野から最先端の研究論文を独自視点で厳選、解説する。執筆は研究論文メディア「Seamless」(シームレス)を主宰し、日課として数多くの論文に目を通す山下氏が担当。イラストや漫画は、同メディア所属のアーティスト・おね氏が手掛けている。X:@shiropen2
和歌山大学に所属する研究者らが発表した論文「こぼれるリスクの提示で水分摂取を促すデバイス『げんちゃーじ』」は、水がこぼれるリスクを用いて、デスクワーカーに強制的に水分摂取を促すデバイスを開発した研究報告だ。
現代のオフィスワークや在宅勤務において、作業への集中から水分摂取を怠り、慢性的な水分不足に陥る人は少なくない。これまでにもスマートフォンの通知やLEDの点灯など、自発的な水分摂取を促すナッジ理論に基づいたシステムは多数提案されてきた。
しかし、これらの穏やかな介入は作業集中時には無視されやすく、特にもともと水分をあまり飲まない層の行動変容にはつながりにくいという課題があった。この問題に対し、人間が持つ損失回避の心理に着目し、水がこぼれるという物理的なリスクを提示することで強力に水分摂取を促すデバイス「げんちゃーじ」を開発した。
このデバイスはデスク上に設置するコースター型の装置で、内部に重量を計測するロードセルと傾斜を作り出すサーボモータを搭載している。ユーザーがコップを置いてから15分間水分を摂取しないと、自動的にコップが徐々に傾斜し始める仕組み。
そのまま放置すれば最終的に水がこぼれてしまうため、ユーザーは作業を中断してでもコップを持ち上げて水分を摂取する必要に迫られる。コップが持ち上げられたことをシステムが検知すると、サーボモータが自動的に傾斜板を水平に戻す仕組み。コップを戻すと再度タイマーが作動する。後回しにされがちな水分摂取を、物理的な強制力によって優先順位を上げるのだ。
学生30人を対象に行われた1時間のデスクワークによる比較実験では、デバイスの有効性が定量的に実証された。デバイスを使用しない条件と比較して、使用した条件では平均水分摂取量が183.6mLから257.6mLへ、平均摂取回数も3.6回から4.6回へと統計的に有意な増加が確認できた。
特に、デバイスなしの条件下で水分摂取量が100mL未満だった、水分摂取行動の少ない層への効果は顕著だった。この層はデバイスの導入により摂取回数が平均2.44回増加し、水分不足を防ぐ強力な動機付けとして機能したことが分かる。
一方で、課題も残されている。「今後も使い続けたいか」という継続利用に関する質問では中立的な評価にとどまった。
自由記述の分析から、水がこぼれるリスクそのものへの拒否感以上に、モータの駆動音といった実装上の不快感がストレス要因となっていることが判明。今後は、機構の静音化といったハードウェアの改善や、長期間使用時のこぼれるリスクへの慣れの検証、さらにはユーザーの状態に応じた介入タイミングの動的変更など、実用化に向けたさらなるアップデートが期待されている。
Source and Image Credits: 村井 源太, 吉野 孝: こぼれるリスクの提示で水分摂取を促すデバイス「げんちゃーじ」, 情報処理学会 インタクラション2026, 2A12
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