このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。
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名城大学に所属する学生チームが発表した論文「Mantis Shrimp Punch」(シャコパンチ)は、自然界最強のパンチを放つ海洋生物「モンハナシャコ」の打撃を体験できるVRシステムを開発した研究報告だ。
モンハナシャコは、捕脚と呼ばれる部位を使って最大1501ニュートンもの力で獲物を打ち砕く。その打撃速度は秒速20mに達し、人間がデコピンを放つような動作で瞬時に弾性エネルギーを解放する。
さらには、この高速打撃が水中で「キャビテーション」(液体中の圧力差の影響で周囲に強い衝撃を与える現象)と呼ばれる現象を引き起こし、気泡の崩壊時に二次的な衝撃波を生み出す。一度の動作で二重の衝撃を与えるこの現象は、他の生物には見られない独自の攻撃メカニズムだ。
今回開発したVRシステムは、体験者の前腕に装着する「シャコてデバイス」と、膝立ち姿勢を支援する「台シャコ」で構成。体験者はマジックテープで親指に圧力センサーを装着し、デコピンの動作を行うことでバーチャル空間内でシャコパンチを繰り出せる。装置は回転円盤を瞬時に停止するときの撃力とソレノイドによる手背への打撃で一次衝撃を、複数の腕浮き輪への順次空気圧入による圧迫で水中衝撃波の移動感を再現する。
研究チームは21〜36歳の被験者13人を対象に実験を実施し、空気圧による圧迫刺激でも適切な刺激間隔と提示順序により仮現運動として移動感を提示できることを確認。特に刺激時間差が30〜50ミリ秒の範囲で最も知覚的に安定し、方向識別の正答率も90%を超えることが明らかになった。この知見に基づいて、水中衝撃波が手首から肘にかけて徐々に伝わる感覚を効果的に再現している。
体験コンテンツでは、海洋ごみで構成された敵をシャコパンチで破壊し、汚染された海をきれいにするというゲームを用意。VRヘッドセットとヘッドフォンにより没入感のある視聴覚体験を提供する。
Source and Image Credits: 安藤暢恭, 穴田昂暉, 大矢征未, 小川昂太, 荻野悠月, 木口こころ, 菅本和希, 久田工, 柳則行, 柳田康幸: “Mantis Shrimp Punch”, 第30回日本バーチャルリアリティ学会大会論文集, 1A1-06, 2025年9月.
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