2026年1月、日本武道館にて「アイドルマスター」シリーズに登場する如月千早の単独公演「OathONE」が開催された。本公演では、360度から客席の視線が注がれるセンターステージが採用され、ステージ上には彼女のパフォーマンスに合わせて滑らかに移動する複数のディスプレイが配置されていた。これは単なる映像を映し出す舞台装置ではなく、ステージ上をまたがって縦横無尽に動き回る、ソニーが開発中のエンターテインメント向け群ロボットシステム「groovots」(グルーボッツ)である。
先日、筆者はねとらぼにて本公演のレポート記事(【アニメノミライ・ねとらぼ支店】「如月千早は、実在した」アイマス20周年・千早武道館単独公演で見えた"イマーシブライブ"の極致と、彼女が歌う意味)を執筆した。
取材に赴く前は、「MRライブといっても、結局はCGプロジェクションの延長だろう」と構えていた部分もあった。しかし、実際のライブで目の当たりにしたロボット技術とキャラクター表現の融合は、予想をはるかに超えるものだった。物理的な質量を持ったロボットがいかにしてキャラクターの存在感を高め、最終的に観客から「出演者」として拍手を浴びるに至ったのか。ライブで予想外の衝撃を受けた筆者は、このライブ体験がいかにして作られたのか、作り手に直接話を聞きたいと考え、今回の取材をオファーした。
本稿では、バンダイナムコエンターテインメントとソニーグループ、そして両者をつなぐハブとなったソニーPCLのキーマンたちへのインタビューを通じ、技術と演出の激しいせめぎ合い、そしてファンダムが起こした奇跡の舞台裏をひもといていく。まずは、現場の熱気が伝わる以下のメイキング動画をご覧いただきたい。
【インタビュー参加者(敬称略)】
本プロジェクトの原点は、2025年7月に発表されたバンダイナムコホールディングスとソニーグループの戦略的な業務提携(参考:ソニーとバンナムが戦略的提携 アニメ中心にIP戦略を共同で推進 - ITmedia NEWS)にさかのぼる。お互いの技術やノウハウを持ち寄り、新たな感動体験の場を創造しようという対話の中で、ソニー側からバンダイナムコエンターテインメント側へ複数の技術紹介が行われた。
――バンダイナムコエンターテインメントさんとソニーさんが、どういうふうにこのプロジェクトを始めようということになったのか。IPを展開する事業部マネジャーの吉本さんに、まず原点のところからお話を伺えますか。
吉本:「最初はソニーさんと私たちグループとしても何か新しいことができないかというところから、お話がスタートしました。その過程でいろいろな技術をソニーさんからご紹介いただきつつ、私たちとしてはどういったイベントにご一緒できるかを探っていました。その中で具体を詰めていった際に、今回の群ロボットシステム『groovots』のご紹介をいただきました。そこから急速に、この千早の武道館公演を一緒にやっていけるのではないかという話になりました」
――「武道館のセンターステージで」という高いハードルの要件は、プロジェクトの当初から決まっていたのでしょうか。
石田:「はい。私たちは、今の『アイドルマスター』シリーズにおける新たなIP軸戦略「PROJECT IM@S 3.0 VISION」(参考:ITmedia関連記事)のMR(複合現実)プロジェクトの中で、キャラクターを実際にステージに出すというライブを複数やってきました。その中で、どこかのタイミングで『千早にソロでステージに立ってもらう』というのは、もう決まっていたんです。一方で、武道館でのセンターステージ公演という構想は、それを実際に実現させるためのハードルがいろいろなところにあったので、センターステージでの実施は可能なのか、さらにその演出としてご一緒いただくのかどうかと、課題を一つ一つクリアしていきながら見つけてきたという経緯があります」
上月:「会話を開始したのは2025年春ごろだったでしょうか。私たちの方でいくつかソニーの中の技術をピックアップして紹介したところ、『武道館でセンターステージを使った演出をやりたいと思っているんだけれども、そこで使える技術がないかな』というお話をいただきました。ソニーの中で検討し、実現可能性や話題性も考えて、この『groovots』がすごくフィットするんじゃないかなと思ってご提案させていただいたんです」
中野:「私たちとしても、バンダイナムコさんからの期待を感じました。最初は『センターで動かしたい』といったご要望を頂いたときには、私たちもまだそうした大きな興行に慣れていない中で、システムとしてどこまで対応できるんだろうとプレッシャーもありましたね」
――これから完成に向けて開発を進めていくという開発段階のプロダクトを、数年単位ではなく数カ月で一発勝負のライブの現場に投入する、というときに、巨大な興行に向けて準備を進めるのはソニーさん側としても大変だったのではないでしょうか。
上月:「私としても、このチームの経営層や責任者に、そもそもプロジェクトの承認を得るというのは一つの大きいハードルでした。ここに賭けてくれたことには『本当にありがとうございました』って、無事に終わった後ちゃんとメールしておきました(笑)」
吉本:「5月末にgroovotsの実機デモを見に行くときには、われわれのクリエイティブチームをほぼ全員連れて行きました。具体的に演出がイメージできそうか、このロボットを使って本格的にプロジェクトを進めていけるかという点について、最後にチーム全員で合意形成できればという思いがありました」
後から振り返れば、この「クリエイティブチームの合意を形作れるか」が最大の難関だったと吉本氏は語る。エンターテインメントの最前線で機動力高くプロジェクトを進めるバンダイナムコエンターテインメントと、厳格な品質管理や安全基準を重んじるソニーのハードウェア開発。両者の間にはいわば異文化の壁が存在していた。企業文化の壁を乗り越える難しさを知るマネジャーならではの鋭い視点だといえるだろう。
groovots の採用が決まった時点では、本番で実際に活躍した等身大の大型機(6D)はまだ実現すらしていなかった。開発段階のプロダクトをこれほど短期間で巨大なライブ興行に投入するということは、並大抵の決断ではなかったはずだ。歴史的な挑戦は、こうして幕を開けた。
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