ITmedia NEWS > 科学・テクノロジー >
STUDIO PRO

ロボットが“出演者”になれた日──アイマス・如月千早武道館公演、テクノロジーと物語が共創した“実存感”の正体まつもとあつしの「アニメノミライ」(3/3 ページ)

» 2026年04月10日 10時00分 公開
前のページへ 1|2|3       

ロボットはいつ「出演者」になったのか

 物理的な質量を持ち、床を踏みしめて旋回し、自らの意思で歩み寄ってくるかのようなロボットの挙動は、観客の脳内に「まるでアイドルたちもそこにいる」という実存感を呼び起こした。無機質なハードウェアが、いつしか感情移入の対象へと変わっていく過程には、作り手側の意識の変化も大きく影響していた。

――プロジェクト全体をけん引してきた吉本さんとして、本番で観客が徐々にライブの構造を理解し、熱狂が拡がっていく様子をどう見ていましたか。

吉本:「『観客がいて初めてこのライブは完成する』という思いがありました。メタ的かもしれないですけども、実態としてはやはり観客の皆さまがいなかったら未完成になってしまいます。『ファンの方が入って初めてライブが完成する』という前提で臨むことは、『アイドルマスター』のライブにおいてずっと持っているスタンスです」

 人間特有の感性かもしれないが、プロデューサー(ファン)たちはステージ上で起きている事象に対して、自ら積極的に「意味を見出す」力を持っている。ライブが進行するにつれ、無機質なLEDのフレームは気にならなくなり、「なぜロボットがこういう動きをしているのだろう」と無意識のうちに想像を巡らせていく。観客が主体的にライブに参加しているからこそ、「機材」の挙動に文脈が生まれるのだ。

石田:「演出の中でgroovotsが12色で輝いたときにも、観客の皆さまの側にそうした受け入れる前提ができていたからこそ、すんなりとその色の意味を見出してもらえたのではないでしょうか」

――開発チームの皆さんも、次第にロボットへの見方が変わっていったそうですね。

中野:「エンジニアとしての僕らの感覚と、演出を担当する石田さんたちの感覚とで、なるほどちょっと違うなと思ったのが、最初(ロボットの動作を)見せたら『かわいい』って言っていたんですよ。私たちはあんまりかわいいという感覚はなかったんですが(笑)。だけどそれって、動きが擬人化していくというか、愛着を持つ方々と接していくときにそういうものになるんだなと実感しました」

上月:「初期の頃にgroovotsを何とかちゃんとか、何とかくんとか呼んでくれたらいいねと話をしてましたね」

石田:「ロボットにメンバーカラーの光をともすことは、機材の演出を超えて、IPの物語における解釈の領域に入ってくるので皆さまのご想像におまかせしますが、機械ではなくなった瞬間として、感動がありました。いちどリハーサルで機体が転倒したときがあって、そのときにみんな『転んだの』『大丈夫か』『けがはないか』と、人間に対するような反応になったのも印象的でした(笑)」

――武道館の本番では2回ほど、ステージ上でgroovotsが動けなくなってしまうという機材トラブルがありました。システム制御を担当されていた赤沼さんとしては、非常に緊迫した瞬間だったのではないでしょうか。

赤沼:「正直、ロボットは複雑なコンポーネントが動いているので、100%絶対成功しますという保証はないし、トラブルが起きる可能性は分かっていたことでした。複数のリカバリープランを用意しており、コンソールからコマンドを打ったり調整したりして復帰できるパターンもあったんですが、今回は根本的なハードウェアの問題が出て動けなくなってしまったため、人が直接介入するしかなく……。正直、かなり焦っていましたね(苦笑)」

 コンソールからの遠隔復旧が効かず、物理的な介入が必要となった。ソニーの開発チームはライブ当日も現場に詰めており、トラブルの際にはエンジニア自らが花道に飛び出して機体を運び出した。

中野:「慌てて向かったのは私です。目の前に花道が見えるんですけど、あそこに機体を回収しに行くのか……と。せわしなく走って目立つのも避けたかったので、ドキドキしながらゆっくりと向かいました」

 しかし、ここで『アイドルマスター』が20年にわたり築き上げてきたファンダムの熱量が、奇跡のような空間を生み出す。エンジニアが花道に姿を現した際、客席から湧き起こったのは落胆の声ではなく、温かい万雷の拍手だったのだ。彼らの背中に送られたそのエールからは、現場の張り詰めた空気と、それを見守るファンの優しさがひしひしと伝わってくる。

上月:「本当に温かいまさかの拍手で、プロデューサー(ファン)の皆さまに助けられました。エンドロールのクレジットでも、バンダイナムコエンターテインメントから名前を付けようと提案をいただきました。ソニーとしてはまったくのプロダクト・機械というふうには扱いたくないという思いがあり、皆さまとどういう表記がいいのかというのをご相談させていただいて。表示方法も、横ではなく、縦に『1人ずつ』表示させたいというのは、最初から両社の意見が合いました」

 エンドロールでは大型機やその他の機体を識別するための番号を添えて、groovotsたちがスタッフや出演者と同じように「縦流し」でクレジットされ、そこでもひときわ大きな喝采を浴びていた。観客はロボットを単なる「機材」としてではなく、懸命にステージを作り上げようとしている「出演者」として受け入れていた。ファンダムの熱量が、トラブルさえも奇跡のような一体感へと変えた瞬間だった。

エンターテインメント×ロボティクスの未来像

 OathONEが証明したのは、最新のテクノロジーが既存のエンターテインメントの枠組みを破壊するのではなく、観客の想像力や愛着と結び付くことで、より深く豊かな「体験」を生み出せるという事実である。

――皆さんが振り返って、今回の経験を踏まえ、コンテンツとテクノロジーの両面で今後どのような展開を考えておられますか。

吉本:「コンサートの世界では高度なシステムが確立されていて、今回は皆さま方で頑張っていただいて公演を実現できました。いろいろな制作のタイムラインなどを考えたときに、演出システムとマッチするように仕組化が合わさっていくと、もっと選択肢が広がると思っています。自分はもう1つ、群ロボットシステムという、ただのラジコンではない制御システムがソニーさんのすごい強みだと思うんですね。もっとインターネットなどを駆使して双方向性だったり、イマーシブ性が高まっていくみたいなところまで何年か先に見えてくると、夢が広がっていいなと期待をしています」

中野:「大きな話で言うと、ライブに限らずいろんな場で協力させていただきたいなと思います。今回はLEDをつけてますけど、上物は別のものでも良くて、そういうものを載せて皆さまを楽しませていければなと」

上月:「まずバーチャルとリアルの境界というのが解けていくというか、垣根がなくなっていく。それによって新たな体験が生まれていくというのは間違いないだろうと。こうしたハードウェアとエンターテインメントの融合をやれるというのは、まだ事例としてそんなにないかなと思うんですよね。ロボットは難しい先端技術の集合体ですが、そこをやれるのはソニーの大きい強みでもあり特徴なのかなと。バンダイナムコエンターテインメントは『アイドルマスター』以外にもいろいろなIPをお持ちなので、技術を本当にお客さまに感動していただけるようなものにつなげられるのか、今後も試していくことができればと思っています」

 『アイドルマスター』シリーズ20周年の節目に実現した、如月千早とロボティクスの共演。それは、単なる技術的ショーケースではなく、クリエイターの執念、エンジニアの探求心、そしてファンの温かなまなざしが三位一体となって作り上げた、エンターテインメント史の新たなマイルストーンとなった。ロボットたちは間違いなく、あの武道館のステージで、私たちの心を震わせる"出演者"になっていた。「彼女たち」のさらなる活躍を期待せずにはいられない。

前のページへ 1|2|3       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

アイティメディアからのお知らせ

あなたにおすすめの記事PR