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クールジャパンの失敗は生かされず? 経産省肝いりで始まった後釜施策「IP360」の光と影まつもとあつしの「アニメノミライ」(4/5 ページ)

» 2026年07月09日 11時00分 公開

攻めと守り、その断層

 この一件は、経済産業省と文化庁という二つの所管の断層も映し出した。むろん両者の役割はきれいに二分できるものではない。文化庁も海外発信やメディア芸術、著作権の保護といった「攻め」に関わるし、経産省の事業にも基盤づくりの面はある。それでもこの一件に即していえば、軸足の置きどころははっきりしている。経産省は海外で稼ぐIPを育て投資を呼び込む側に、文化庁は文化を保存し次代へ継承する側に、それぞれ重心がある。

 問題は、その守りが攻めの土台でもあるという当たり前が、政策の前提としては共有されていないように見えることだ。攻めには思いきった資金を投じる一方、守りには「自己収入を増やせ」と迫る。なぜ国費は「いま稼ぐ現役」に厚く、「文化の土台」には薄いのか。誰が、その配分を決めているのか。その問いの根をたどると、官民ファンドという過去と、全体を見渡す司令塔の不在に行き着く。

クールジャパンという呪縛

 避けて通れない「黒歴史」がある。日本の魅力を海外に売り込む目的で13年に設立された、安倍政権肝いりの官民ファンド「クールジャパン機構」(海外需要開拓支援機構)の存在だ。新しい支援策IP360の足元には、この機構が残した暗い影が落ちている。

 焦げ付く恐れのある「リスクマネー」を国が率先して供給し、民間資金を呼び込む。その触媒になることが狙いだった。民間だけでは取りにくいリスクを公が肩代わりし、海外展開の初速をつけるという発想は筋がよいものだった。問題は、そのビジョンが実際の投資でほとんど形にならなかったことだ。

 まず解いておきたい誤解がある。「クールジャパン」と聞いてアニメやマンガ、ゲームを思い浮かべる人は多いが、機構が実際に投じた先は、その3分野ではほとんどなかった。食、地域産品、インバウンド、テーマパークと、日本の魅力とされるものを横断的に扱い、巨額の損失を生んだ投資先も、約140億円を出資して債務超過から私的整理に至ったバイオ素材スタートアップや、テーマパーク事業に関わる会社などが並ぶ。アニメ・マンガ・ゲームの作り手が、この機構から直接の恩恵を実感できた場面は、ごく限られていた。

 それは、組織の顔ぶれにも表れていた。初代社長はファッション業界出身の太田伸之氏、二代目はソニー・ミュージック出身の北川直樹氏で、いずれもアニメ・マンガ・ゲーム畑ではない。投資の実務を担うチームも投資銀行やコンサルティング出身者が中心で、コンテンツ側の人材は少なかった、と当事者自身が認めている(参考:gamebiz)。「クールジャパン=コンテンツ」という世間のイメージと、機構の実態とのあいだには、最初から無視できないズレがあったのである。

 機構の累積損失は24年度末で383億円に達し、25年度はこれを426億円未満に「抑える」計画だった。裏を返せば、黒字化ではなく赤字の上積みを前提とした目標である。だが実際には540億円を超え、その目標すら大きく上回った。しかも、数少ない成功例とされる「一風堂」の海外展開も食の分野であって、アニメ・マンガ・ゲームで目立った成果はほとんど生まれなかった。

 政府は廃止または他ファンドとの統合を前提に、25年7月に検討会を設置し、年内をめどに方策を取りまとめる方針を固めている。政府内には「廃止もやむを得ない」との声が根強い。

 本稿執筆時点では「廃止の見込み」であり、決定ではない。とはいえ、10年余りを費やしてコンテンツ産業への成果が乏しいまま500億円超を失ったことは、動かしがたい事実である。

JCFには「筋の良さ」もあったが……。

 この機構の系譜に、冒頭で触れたJCFがある。吉本興業・電通系のYDクリエイション、NTTぷらら、文藝春秋、イオンエンターテイメント、そしてクールジャパン機構が出資し、18年に設立されたファンド運営会社だ。しかし、ファンド本体も運営会社も、24年から25年にかけて解散・清算されている。

 JCFには、筋の良い取り組みが確かにあった。例えばMAPPAは、JCFのつなぎ資金も活用して『チェンソーマン』を単独製作している。それを支えたのが、完成後のライセンス料支払いを約束するプリセールス契約を前提に、海外展開を見据えた映像コンテンツへ制作資金を供給する仕組みだ。製作委員会方式に頼らない「単独製作」を、金融面から後押ししたのである。委員会方式の合議に縛られず、一社の判断で大胆な作品づくりに踏み込む。その選択肢を金融が支えた意義は、過小評価すべきではない。

 問題は、その成否が説明されないことだ。支援先は原則非公表。例えば配信プラットフォームの独占を前提とした未発表企画もある以上、制作段階で個別名を伏せるのは、やむを得ない面もある(先の『チェンソーマン』も、関係者の言及で後から知らされたレアケースだ)。回収が総じて不調だったとあれば、公表に及び腰になる心情も理解はできなくはない。だが、いくらクールジャパン機構とは別組織とはいえ、運用を終えた今もなお、どの案件にいくら投じ、回収はどうだったのか、結果まで明かされないのは、公金を主な原資とする以上、説明責任を欠く。

 機構によるJCFの総括も、「政策効果の創出に一定の役割を果たした」の一文にとどまり、「一定の成果」ですらなく「一定の役割」という、評価ともいえない言葉で幕が引かれた。

 巨額の国費を中心に構成された出資金が、累積540億円超の赤字となって溶けた。誰がこのファンド群を立ち上げ、運営を担い、投資判断とリスク管理を行ってきたのか。その検証と、果たすべき責任の追及は、本来あって然るべきだ。

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