新しいかたちのデータセンターを日本中に分散配置しよう連載/データセンターの電力効率、コスト効率を上げるには(2)(2/2 ページ)

» 2012年08月21日 09時15分 公開
[中村彰二朗/アクセンチュア,スマートジャパン]
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莫大な建造コストが無駄になっていることも

 データセンターの建物を建てるとなると、広大な土地を取得したあと、建築確認に約1年、建造に2年程度、合計で約3年もの時間がかかる。つまり、計画を立案した段階から1年以内に建築を開始したとしても、サービス提供開始まで3〜4年掛かってしまう。

 これほどの大きな投資案件になると、投資回収期間が長くなり、償却期間も長期となる。計画立案からフル稼働までに時間が掛かるので、投資回収期間も償却期間もそれだけ余計に掛かる。

 さらに、巨額を投資しても万が一設計に失敗したりすると、建物を有効に活用できない事態に陥るリスクもある。また、建物単位でデータセンターを増設していく計画を立てるときは、注意して計画を立てないとユーザーに提供できるコンピュータリソースが不足する期間が発生してしまう。当然、その期間はビジネスの機会を損失してしまう(図3)。このような問題に対してデータセンターの形を、後述するモジュール型にすれば、ビジネスの機会を損失するリスクを回避できる。

図3 データセンターの建物を建てるときは、注意して計画を立てないと、需要に応えられるだけのコンピュータリソースを確保できない期間が発生する(出典:オープンガバメントクラウド・コンソーシアム 2010年)

 さらに、設計時にコンピュータ技術が進歩する速度を見誤ると、建設期間を経たサービス開始時には最新のサーバを十分に収容できない建物になっている可能性もある。

 日本では1998年にデータセンター建設ラッシュがあった。当時は、1ラック当たり3KVAという設計を立てていたが、2007年ごろに建設された比較的新しいデータセンターでは、1ラック当たり6KVAという設計になっている。

 2012年現在のサーバは、マルチコアプロセッサを複数搭載している高密度設計になっており、このようなサーバでラックを満たすと20KVA以上の電力が必要になる。つまり、建物を設計したときに、ここまでサーバが進歩するということを予測できていないと、サーバを格納するためのデータセンターが最新のサーバを十分に格納できないという、本末転倒な事態が発生してしまう可能性があるのだ(図4)。

図4 建物を設計するときは、サーバでラックを満たせるように設計しなければならない(左)。コンピュータ技術が進化するスピードを見誤ると、建物が完成してもラックに十分な電力を供給できず、ラックをサーバで満たせないということが発生しうる(右)(出典:オープンガバメントクラウド・コンソーシアム 2010年)

 上述のようなリスクを回避するには、必要になった時に、その時の最新サーバをフル活用できるデータセンターを短期間で作るしかない。その方法として、米国では2007年ごろからモジュール型のデータセンターが登場し始め、多くのクラウド・サービス・プロバイダーが採用している。

 冷却設備や発電設備などデータセンターの設備をパッケージングしたモジュール型データセンターは、最小の初期投資で用意できる。さらに、ビジネスの拡大に伴って柔軟に拡張できるスケーラビリティも確保している。モジュール型のデータセンターの場合、建物を建てるのとは異なり、1つ1つのモジュールは数カ月でサービス提供の準備を整えられる。必要になった時に、短期間で細かい単位でコンピュータリソースを増強できるので、事業を始めるときは、必要最小限の設備投資で済ませることができるのである。

 モジュール型データセンターの中で、コンテナを活用したデータセンターは、ISO規格に準拠した輸送用コンテナを利用しているというメリットもある。世界標準規格に準拠しているので、世界中の輸送網を利用して、簡単に移動させることもできるのだ。

日本の電力事情に合った最適なデータセンター基準とは

 現在日本では、米国通信工業会が定めたデータセンター基準である、「TIA-942」に従ってデータセンターを建造、運営している。TIA-942にはTIER1〜4の4段階のレベルがある。これは信頼性の高さを示すもので、TIER1が最も低く、TIER4が最も高いということになる。

 最も信頼性の高いレベルであるTIER4に従うデータセンターでは、すべての設備を二重化して自前で保有した上で、停電対策として72時間は自家発電でデータセンターを稼働させることができる設備を持たなければならないことになっている。

 この基準に従うとデータセンターは、自家発電用の重油を72時間分備蓄しなければならない。こうなると、データセンターは小規模な発電所といっても過言ではない。重厚長大な設備産業ともいえる規模だ。

 米国の金融機関が利用するデータセンターは、このTIER4の基準を満たすべきとされている。日本のデータセンター業者も、米国の金融機関に利用してもらうことを狙って、TIER4の基準を満たしたデータセンターを多数作っている。しかし、これは日本の電力事情を考えると過剰設備でしかない。

 ここで、米国と日本の電力事情の違いを見てみよう。米国カリフォルニア州は1990年ごろに、電力供給がいつ止まってもおかしくない電力危機に見舞われた。特に2001年の1月17日から始まった停電は、シリコンバレーのIT関連企業の経営に打撃を与え、ビジネスに電子商取引を利用する企業は、1分間の停電で2万ドルから100万ドルの損害をこうむるともいわれた。

 では、日本の電力事情はどうだろうか? 東日本大震災発生前のデータだが、電気事業連合会が2007年度の世界の年間停電時間を比較したデータを公開している。これを見ると日本は米国西海岸と比べて、年間停電時間が10分の1となっている。英国と比較しても5分の1以下である。

 つまり日本のデータセンターが、年間停電時間が10倍以上になる米国と同じ基準に従うことは明らかに間違いだということだ。停電時に備える設備は、日本の電力品質に即したものに軽減すべきである。そうすることによって、データセンター利用コストをまた引き下げることができる。

 OGCでは日本版TIA942をすでに作成し、関係省庁に提出を済ませている。まず、政府には日本版TIA942の標準化を急いでほしいと思う。さらに、世界各国に日本版TIA942を認めてもらうように活動してほしい。世界各国に日本版TIA942を認めてもらえば、海外企業も日本版TIA942と本家のTIA942は、求める設備の内容は異なっても、それぞれ同じレベルの安全性確保を規定したものだと認識してくれるはずだ。

運用コストを下げるにはPUE値の引き下げが必要

 ここまでは、データセンターに設備に掛かる無駄なコストについて解説してきた。データセンターの利用コストを下げるにはもう1つ、運用コストを下げる必要がある。

 データセンター運用コストの削減は、空調設備等が消費する消費電力量をいかに下げるかという点にかかっている。現在の日本のデータセンターのPUE値平均は2.0とされている。PUE値が2.0ということは、サーバやネットワーク機器など、データセンターとしての主たる機能を構成する機器が消費する電力量と、冷却機器などサーバの運用を補助する機器が消費している電力量が同じということだ。ランニングコストを下げるには、まず世界レベルのPUE値である「1.2」を達成することを意識しなければならない。

 第1回でも説明したが、日本でも冷却のために外気を積極的に活用して低いPUE値を達成したデータセンターが登場している。首都圏に集中したデータセンターを日本国中に再配置する際には、PUE値を下げることを強く意識してデータセンターを設計すべきだろう。

 サーバに限らず、パソコンやスマートフォンなどといったコンピュータが普及すると、日本全国で消費する電力の総量は上がる。これらは人々の生活を豊かに、そして便利にしてくれるものだが、普及すればするほど消費電力量が上がってしまう。これはあまり望ましいこととはいえない。消費電力量の面から考えると、コンピュータをつなぐネットワークの中核であるデータセンターの消費電力量を引き下げることは、データセンター事業にかかわるすべての技術者の使命ともいえるのではないだろうか。

利用コスト引き下げのために何ができるのか

 世界に通用するデータセンターを構築するためにコスト削減をしなくてはならない、というテーマで政策的議論を始めると、論点がどうしても「日本の電気料金が他国と比較して高い」という方向に向かってしまう。そして、その度に、「政府がデータセンター事業者の電力費用を助成すべき」という提言が繰り返されてきた。

 しかし電気料金の話をする前に、まずは今回説明してきたように日本のデータセンターのあちこちに、まだまだ削減できるコストがあるということを認識すべきだ。助成の話をする前に、データセンターの全体設計のあり方を見直し、無駄を削除すべく改善を進めなければならない。助成の話は、改善を実施した上で、さらにコスト削減が必要だと判明した時に始めればよいのだ。

 日本の事情を踏まえてデータセンターの設計を考え直して再構築することで、日本は世界を相手に競争できるデータセンターを持てるようになる。すでに、日本政府はモジュール型データセンターの普及に備え、建築法や消防法の規制を緩和することを決定し、「総合特区制度」の対象にデータセンターを盛り込んだ。データセンター事業者は、一刻も早く無駄なコストを削減し、次世代のあるべきデータセンターの実現に向けて動き出すべきだ。

 第3回では、データセンターが首都圏に集中することによる弊害と、日本各地に分散させることによって得られるメリットについてさらに解説していく。

連載第3回:データセンター同士を接続する基幹ネットワークをゼロから再設計しように続く

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著者プロフィール

中村 彰二朗(なかむら しょうじろう)

アクセンチュア 経営コンサルティング本部 シニア・プリンシパル。アプリケーションパッケージ開発・製品化を経験し、その後、政府自治体システムのオープン化とそれに伴う地方ITベンダーの高度人材育成や地方自治体アプリケーションシェアモデルの確立に尽力。現在は、東日本大震災後にアクセンチュアが会津若松市に設置した「福島イノベーションセンター」センター長として現地に赴任し、地域復興施策実現に向けた活動に取り組んでいる。


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