発電損失につながる太陽電池の劣化現象、産総研が低コストな抑制手法を新開発太陽光

太陽電池の性能が短期間で大幅に低下してしまう「PID(電圧誘起劣化)」。産総研がこの現象を安価・簡易に抑制する新たな手法の開発に成功した。

» 2019年12月19日 07時00分 公開
[スマートジャパン]

 産業技術総合研究所(産総研)は2019年12月、太陽電池の性能が短期間で大幅に低下する電圧誘起劣化(PID)を、太陽電池セル表面を透明導電膜で被覆するだけで抑止できる技術を開発したと発表した。

 PIDは高い電圧を印加することで、太陽電池モジュールの性能が短期間で大幅に低下してしまう現象。特に電圧の高いメガワット級の太陽光発電所では、高電位側の太陽電池セルと太陽電池モジュールのアルミフレームとの間の電位差が1000V(ボルト)前後になる。この大きな電位差によって、カバーガラスに含まれるナトリウムイオンが太陽電池セルに向かって移動することでPIDが生じるとみられているが、詳しいメカニズムは分かっていないという。

 このPIDの抑止策としては、太陽電池モジュールの封止材の抵抗率を高める、太陽電池セルの反射防止膜の組成を変えるなどの対策が研究されてきたが、これらはPIDの進行を遅れさせられるものの、完全には抑止できなかった。また、これらの対策によって、製造コスト増や初期変換効率が低下してしまうという課題もあった。

 メガワット級の太陽光発電所でのPID発生は、抵抗率の高い封止材や、シリコン組成の大きい窒化シリコン反射防止膜を使用するとある程度抑止されることが、これまで経験的に知られていた。前者の場合は封止材にかかる電界が大きくなり、相対的に反射防止膜にかかる電界が小さくなる。後者の場合は窒化シリコン反射防止膜の導電性が高くなるため、反射防止膜にかかる電界が小さくなると考えられてきた。だが、これらの対策では完全なPIDの抑制には至らない他、製造コスト増や初期変換効率の低下などを招いてしまうという課題もあった。

 産総研が今回開発した技術は、表面に反射防止膜がある従来型の結晶シリコン太陽電池セルを、透明導電膜で被覆することにより、反射防止膜にかかる電界を遮蔽(しゃへい)するというもの。通常の結晶シリコン太陽電池セルでは、フィンガー電極が反射防止膜内を貫通してセルのエミッタ層に到達する。そのため、反射防止膜を透明導電膜で被覆すれば透明導電膜とエミッタ層が同電位になり、両者の間にある反射防止膜は遮蔽され、電界がかからなくなる。つまり、太陽電池セルの反射防止膜を透明導電膜で被覆すれば、PIDの発生を抑止できる可能性があるのではないかという仮説だ。

一般的な結晶シリコン太陽電池モジュールの断面構造図(左)と太陽電池セル部分の拡大図(右)出典:産総研

 これを検証するために、汎用の単結晶シリコン太陽電池セルの反射防止膜上に、スパッタリング法により透明導電膜であるスズ添加酸化インジウム(ITO)膜を100ナノメートルの厚さで形成。ITO膜で被覆したセルを用いた太陽電池モジュールと、被覆していないセルを用いた太陽電池モジュールを作製し、温度85℃、相対湿度2%以下で、セルに-2000V(ボルト)の電圧をかけるという、比較的厳しい条件で両モジュールのPID加速試験を実施した。

図2 従来構造の太陽電池セルを用いた太陽電池モジュールの断面構造図(左)/反射防止膜を透明導電膜で被覆した太陽電池セルを用いた太陽電池モジュールの断面構造図(右)出典:産総研

 その結果、ITO膜で被覆していない太陽電池セルを用いた太陽電池モジュールでは、24時間の試験後に出力が初期値の約10%程度にまで低下したのに対し、ITO膜で被覆した太陽電池セルを用いたモジュールでは、1週間の試験後も出力は低下しなかったという。また、この加速試験の結果ならびにこれまでに得られた知見から、ITO膜で被覆した太陽電池セルを用いたモジュールは、実環境下においてもPID発生が十分に抑止されることが見込まれるという。

試験の結果 出典:産総研

 産総研は今回開発した手法について、従来用いられてきた安価な太陽電池部材やセル・モジュール製造工程をそのまま用いることができるため、実用化しやすく、製造コストの上昇を防げるメリットもあるとしている。また、太陽電池セル表面の電極が断線した場合、一般には断線した箇所のキャリアは収集できないが、今回開発したセルでは、断線箇所のキャリアも透明導電膜を介して収集可能で、発電性能が低下しないという副次的効果も得られるとした。

 今後は実用化に向けて、透明導電膜の膜厚を薄くした場合のPID抑止効果を確認するとともに、スパッタリング法よりも安価なウエットコーティングなどで形成した透明導電膜によるPID抑止効果を確認する。加えて、反射防止膜に印加される、電界とナトリウム移動の関係を詳細に調べることにより、PIDのメカニズムを一層明確にする方針だ。

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