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敵対的買収に怯えるIT・ネット系企業金融・経済コラム

» 2006年07月31日 08時50分 公開
[保田隆明,ITmedia]

 サイバーエージェントの藤田社長の著書「渋谷ではたらく社長の告白」の中で、2001年に同社の時価総額(株価)が90億円、当時保有していた現金180億円に比べると約半額と割安な状態になり、藤田社長はどこかに買収されてしまうかもしれないと恐れていたというエピソードがあります。

 さて、最近の同社は、本業でキチンと収益を上げられる企業となり、2006年9月期の予想売上は600億円、経常利益は40億円(2006年5月9日同社発表の決算短信より)と、インターネット業界を代表する1社です。しかし、藤田社長はまたしても「どこかに買収されるのかもしれない」と恐れているかもしれません。

 同社の株価は7月28日終値で12万6000円。2006年9月決算の一株予想利益は6835円91銭(同決算短信より)ですので、予想PER(株価収益率)は18.4倍です。2007年9月期決算の一株予想利益は5469円(四季報による)ですので、予想PERは23.0倍となります(2007年は2006年に比べると売上も経常利益も伸びますが、この年から税金の支払いが増加することにより純利益は減ります)。

 つまり、PERベースでは大体20倍前後というあたりになります。東証に上場している企業の平均PERが20〜25倍程度ですのでそれに比べると悪くはない水準ですが、東証上場企業には低収益、低成長企業、成熟企業なども多数存在しますので、藤田社長はPERが20倍前後というのは寂しい思いで見ているのではないでしょうか?

 2001年当時の株主構成では、藤田社長が全株式の3分の1を保有していませんでした。この株主構成を見て藤田社長がますます「買収されるかもしれない」と思ったというくだりが著書の中にもあります。

 さて、2006年3月末の株主構成を見ると、藤田社長が26.05%を保有し第1位株主、第2位株主は楽天で9.19%保有していました。楽天が安定株主として機能すればギリギリ3分の1以上を超えます。しかし、この楽天が株式を一部売却し、7月21日付けの大量保有報告書によると持分が3.11%にまで減少しています(関連記事参照)。つまり、藤田社長以外の安定株主が不在の状態に陥っています。なお、2006年3月末時点での保有現金は、またしてもどういう偶然か180億円です。

 もし私が広告代理店の経営者なら、今の時点のサイバーエージェントをどのように見るだろうかと想像してみると、きっと魅力的なお買い物対象として見るだろうなと思います。一方、私が藤田社長なら何を考えるかというと、まずは株価下支えのための自社株買い。ただ、2001年当時は、持っている現金が時価総額を上回っている状況でしたので、大量の自社株買いをして株価を底入れするということもできたでしょう。しかし、今では時価総額に対して現金の方が少ないですので、自社株買いでの株価の下支え効果はあまり期待できません。

 では、どうするか。言い古されたことですが、とにかく経営努力をして成長戦略、収益向上戦略を追求し、自然に株価を上げていくしかないのでしょう。しかし、サイバーエージェントの場合は、冒頭にも申し上げましたが、いまやインターネット業界を代表する企業として収益そのものは今更アピールする必要もなく順調です。したがって、経営努力による株価向上にはある程度の限界もあります。

 もちろん、考え方によっては確かに一時に比べると株価は下がってきたとはいえ、まだ東証上場企業の平均的なPERがついているのです。ですので、何も慌てる必要はないじゃないかという考え方もあります。

 さて、以上は藤田社長が当時の心の葛藤を著書の中で書いてくださったので、分かりやすい例として取り上げましたが、他の大手ネット系企業でも同じようなことが起こっています。

 今年の6月の株主総会シーズンには、成熟企業やいわゆるエスタブリッシュメント企業において敵対的買収防衛策が次々と導入されました。一方、「M&Aの何が悪い?!」とこれまでM&Aによる成長戦略を突き進んできたIT・ネット系企業では、やはり買収防衛策を導入するというのはやりにくいのか、買収防衛策議論はあまり盛り上がりませんでした(サイバーエージェントのように3月期決算でないIT・ネット系企業が多いことも理由の1つですが)。

 また、ベンチャー企業経営者は、昨年いくつかあったエスタブリッシュメント企業によるなりふり構わぬ敵対的買収への反対の姿勢に対しては、「おじさん経営者たちは、株主価値の最大化って言葉を知っているのかね?」と冷笑を投げかけていました。したがって、もし敵対的買収防衛策を導入したとしても、ベンチャー経営者たちが防衛策を発動することは、それまでの発言や行動と矛盾する局面が出てきてしまい、なかなか難しいと思われます。

 究極の敵対的買収に対する防衛策は、最近流行のMBO(マネジメント・バイ・アウト)による上場廃止です。しかし、最近行われているMBOは、コーヒーチェーンのタリーズを除くと上場年数が長かった企業が行ったものばかりであり、上場後の月日が浅い企業によるMBOはほとんど存在しません。上場後間もない時期でのMBOは、株主を愚弄していると言われてもおかしくありませんので、これもなかなかベンチャー企業ではやりづらいと思います。

 「上場をするってことは、誰でもがその会社の株式を買うことができるってことですよ! 当然見ず知らずの人に買収される可能性もあるんですよ。あんたたち上場することの意味を分かっていますか?」というような内容の発言を、メディアに向かって繰り返していたライブドアのホリエモン。そして、そのセリフに対して「そのとおりだ!」と大きくうなずいていたIT・ネット系ベンチャー企業経営者たち。たった1年後にまさか自分たちが敵対的買収に怯える日が来るとは予想したでしょうか。

 「敵対的買収防衛策を導入しておくんだった…」

 「MBOをしておくべきだったか…」

 そういうベンチャー経営者の呟きが聞こえてくる日が来るかもしれません……。企業は誰のものかという議論を、ベンチャー経営者が蒸し返すという局面が来たりしちゃいますかね……?

なお、今回のコラムは、サイバーエージェントやインターネット業界の株価の割安・割高について述べるものではなく、また、それらの銘柄の売買を推奨するものでもありません。


保田隆明氏のプロフィール

リーマン・ブラザーズ証券、UBS証券にてM&Aアドバイザリー、資金調達案件を担当。2004年春にソーシャルネットワーキングサイト運営会社を起業。同事業譲渡後、ベンチャーキャピタル業に従事。2006年1月よりワクワク経済研究所LLP代表パートナー。現在は、テレビなど各種メディアで株式・経済・金融に関するコメンテーターとして活動。著書:『図解 株式市場とM&A』(翔泳社)、『恋する株式投資入門』(青春出版社)。ブログはhttp://wkwk.tv/chou/


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