ベクトル型スパコンの存在意義――地球シミュレータのいま自然現象から新幹線まで(1/2 ページ)

スカラー型やGPGPUをプロセッサに採用したスーパーコンピュータが注目を集める昨今、ベクトル型のマシンにはどのような将来性があるのだろうか。「地球シミュレータ」を運営する海洋研究開発機構に取り組みを聞いた。

» 2011年03月02日 08時00分 公開
[國谷武史,ITmedia]

 2002年、当時スーパーコンピュータの主流であったベクトル型計算機において世界最高の処理速度を実現したのが、海洋科学技術センター(現・海洋研究開発機構)が運営する「地球シミュレータ」であった。その後スーパーコンピュータの世界では、価格対性能の高さを特徴とするスカラー型計算機が台頭し、さらにはGPGPU型計算機も注目されるようになった。

実力は今なお健在

海洋研究開発機構 地球シミュレータセンターの渡邉國彦センター長

 ベクトル型計算機は、その存在感が年々薄まりつつあるような印象があるが、現在でも本来の利用目的である大規模シミュレーションなどの分野では数多くの成果を生み出し、決して無用な存在とはなっていない。海洋研究開発機構 地球シミュレータセンターの渡邉國彦センター長(理学博士)に、地球シミュレータでの取り組みとベクトル型計算機の活路について聞いた。

 海洋研究開発機構が運用する現在の地球シミュレータは、2009年3月に更新した2代目(ES2)となる。NECのSX-9/E 160台から構成され、理論演算速度は初代の約3倍となる131テラFLOPS。2010年11月に米国で実施されたHPCチャレンジアワードでは、「Global FFT」(高速フーリエ変換)指標で11.876テラFLOPSを記録し、世界1位となった。

 一方、LINPACK ベンチマークにおいて2002年にトップに立った地球シミュレータは、2010年11月発表のTOP500ランキングでは55位となった。上位はスカラー型計算機がほぼ独占する状況だ。HPCチャレンジアワードはLINPACK ベンチマークを補完するもので、Global FFTは大規模シミュレーションに用いられることの多い計算での性能を測る。大規模シミュレーションという用途において、地球シミュレータの実力は今なお世界最高クラスにある。

 渡邉氏は、LINPACK ベンチマークを基にスーパーコンピュータの優劣が議論されがちな国内の風潮に危機感を募らせる。2009年の民主党による事業仕分けで話題になった「2位じゃダメなんでしょうか?」発言も、この風潮を端的に表したものだろう。

 「LINPACKで用いる計算は、シミュレーションに携わる人間にとってはごく一部でしかなく、その計算だけが速くてもあまり意味はない。だが、スーパーコンピュータ開発の最前線に携わる人たちはLINPACKの結果にどうしても目が向いてしまう」(渡邉氏)。スーパーコンピュータには必ず向き不向きがあり、ユーザーのニーズに応じてその意義を議論すべきというのが渡邉氏の見解である。

 ベクトル型計算機が強みとする大規模シミュレーションの例には、地球温暖化予測に使われている大気大循環モデルがある。実際の大気の物理現象は連続した場所で風が吹くように、隣同士のデータだけで現象を追いかけることもできるが、計算機の中で流れの様子を高速に追うには、FFTのようなベクトル型の計算機が得意とするアルゴリズムが必要になる。

 一方、スカラー型計算機で適しているのは創薬研究や遺伝子解析のような用途であり、大量の条件分岐が伴うような演算を順番に高速処理するという点に優位性がある。このような解析はベクトル型計算機やGPGPU型計算機には向かない。GPGPU型計算機は、ベクトル型計算機の強みとするシミュレーション解析を安価に行える手段として注目されているが、国内では技術者が少ないCUDAやOpenCLによるプログラミングが必要となるなど、「まだまだ汎用的に使える状況ではない」(渡邉氏)という。

 ベクトル型計算機では、消費電力など運用コストの高さが問題として指摘されることもある。この点について渡邉氏は、ベクトル型計算機のプロセッサが持つ実行効率の高さが貢献すると話す。一見してスカラー型計算機の電力消費がベクトル型計算機より少ないように見えても、計算結果が同じであれば、実行効率も同様であるという。また、ベクトル型計算機に向いたアプリケーションをスカラー型計算機で実行しようとすれば、その効率は約半分以下になってしまうという。

 また、ベクトル型計算機はプロセッサ当たりの処理速度がスカラー型計算機よりも速く、並列化に必要なプロセッサの数が少なくて済む。プロセッサの数が少ない分、ベクトル型計算機はスカラー型計算機よりも故障する確率が低いというメリットもある。

2代目地球シミュレータのES2。初代に比べて設置面積は半分以下だが、性能は約3倍に向上。SX-9は標準では16基のプロセッサを搭載するが、地球シミュレータ向けでは運用方法に即してプロセッサ数を8基にしたカスタム仕様となっている

 このように海洋研究開発機構が地球シミュレータを運用する理由は、同機構の研究がベクトル型計算機の性能や特徴に合致するためだ。渡邉氏は、「目的に応じてベクトル型やスカラー型、GPGPUを使い分けるべきで、全てを1つで満たすのには無理がある。処理性能の優劣やコストだけで議論すること自体がおかしい」と語る。

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