ベクトル型スパコンの存在意義――地球シミュレータのいま自然現象から新幹線まで(2/2 ページ)

» 2011年03月02日 08時00分 公開
[國谷武史,ITmedia]
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地球シミュレータの活躍の場

 地球シミュレータは、その名の通り全地球規模で起きる事象の解析ばかりに利用されているイメージがあるが、実際の役割は多岐にわたる。

 例えば台風の進路予測では、海水の温度や上空の風の向き・強さ、陸上の地形といった多数のデータを基に5日間の台風の動きを5時間程度で解析できる。台風予測に用いる一般的なスーパーコンピュータでは、これらのデータをすべて取り入れて解析することが難しく、精度の高い解析には数日程度を要することが少なくない。気象予報業務に関する法的な制限から地球シミュレータによる予測は一般に提供できず、海洋研究開発機構では機構内の業務支援や地球シミュレータの性能検証などの用途に利用している。

 また、2010年には東海地震・東南海地震・南海地震の同時発生に関するニュースが話題となった。これに関連して、海洋研究開発機構は東京大学地震研究所と共同で、1707年に発生した宝永地震をモデルに津波の影響範囲を地球シミュレータで解析した。

 従来の予測は、大分県や宮崎県の太平洋沿岸では津波の影響は小さいとされていた。だが、東京大学地震研究所などが大分県佐伯市にある「龍神池」の湖底の地層を調査したところ、津波によると想定される地層が見つかった。震源域や地質データなどを基に地球シミュレータで解析した結果、従来の予測とは違い、この地域に甚大な被害をもたらす津波の発生が予測されることが明らかになった。

 こうした自然現象以外にも、産業分野や国民生活に身近な研究も地球シミュレータで数多く行われている。例えば東京大学と工学院大学、JR東日本は、地球シミュレータを用いて新幹線の騒音源解析を行った。

 新幹線自体は時速400キロ以上でも走行できる性能を実現しているが、実際は騒音規制などによって営業速度が厳しく制限されている。規制をクリアしつながら速度を上げることが課題だ。新幹線の騒音は、高速走行する車両と空気の衝突が一番の原因とされる。空気抵抗の様子は風洞実験などである程度再現できるため、その結果を車両先頭部などのデザインに生かせるが、細部についてはスーパーコンピュータよる解析が必要だという。地球シミュレータの解析から、先頭部以外では特に車両の連結部やパンタグラフの形状が騒音発生に大きく影響することが分かった。これらの研究成果は、より高速で静かな新型新幹線の実現に生かされる見込みだ。

国民生活に不可欠な研究で数多くの成果を生み出した初代地球シミュレータ。ES2の活躍や運用コストの制約から現在は運用されていない

年中稼働する地球シミュレータ

 海洋研究開発機構は、地球シミュレータを有効利用してもらうため、「一般公募枠」「特定プロジェクト枠」「機構戦略枠」の3つのカテゴリーで計算資源の割り当てを実施している。一般公募枠は地球科学やそれ以外の先進的、独創的な研究のための資源枠だ。特定プロジェクト枠は、国などから委託や補助を受けて実施する研究のための枠となる。機構戦略枠は、国内外の共同研究や一般企業が有償で地球シミュレータを利用できる枠となっている。

 2010年度の地球シミュレータの計算資源は、一般公募枠に40%、特定プロジェクト枠と機構戦略枠にそれぞれ30%が割り当てられている。年に数日のメンテナンス日を除けば、ほぼ24時間体制で公共・民間のさまざまな研究での解析業務が地球シミュレータで行われる。

 特に機構戦略枠を活用するような民間の研究では、その成果が社会に反映されるまでに5〜10年近くかかる場合が多く、企業が単独で行うには設備面や資金面で制約が伴う。大学などのスーパーコンピュータでは計算能力が足りないという研究テーマもあり、こうした場合には地球シミュレータの存在が不可欠とされているようだ。

 渡邉氏は、研究目的に応じて最適なスーパーコンピュータを利用すべきとの立場を繰り返し強調する。それを実現する方策として同氏が期待するのが、文部科学省が進める「ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)」構想である。HPCIは、理化学研究所が開発を進める次世代コンピュータ「京」を中核に、国内のスーパーコンピュータの計算資源を有効的に配分できることを目指している。

 また渡邉氏によれば、海洋研究開発機構ではベクトル型計算機とスカラー型計算機それぞれの強みを生かせるシステムを目指すという。気象シミュレーションではベクトル型が強いとされるが、空気中の水分が雲になるか、雨になるかは水の粒子の大きさと粒子同士の衝突パターンによって変わるため、このような計算にはスカラー型が向くとされる。

 ベクトル型計算機の展望について、渡邉氏は今後も必要な存在であり続けるが、従来のアーキテクチャのままでは活用範囲が限られるとの見方を示す。その上で、「ベクトル型とスカラー型が近づきつつある。次世代ではまだ難しいが、その先の世代ではアーキテクチャの融合が限りなく進むのではないか」と話している。

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