クラウド型電子カルテに勝機を見出すライフサイエンス田中克己の「ニッポンのIT企業」

開業医に向けて電子カルテをクラウドサービスで提供するライフサイエンスは、今大きな手ごたえを感じているという。その理由とは――。

» 2013年04月09日 08時00分 公開
[田中克己(IT産業ウオッチャー),ITmedia]

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 「開業医1万人に利用してもらいたい」。クラウド型電子カルテを展開するライフサイエンスコンピューティング(LSC)の小林亮一社長はこう意気込み、サービスの機能強化と販路の拡大に取り組む。わずか社員30人程度の中小IT企業だが、将来を見据えた新たな一歩を踏み出そうとしている。

オープンな環境に

 2009年11月に設立されたLSCは、電子カルテなど医療関連システムの開発、販売を生業としている。CTやMRIの画像処理、医療関連システムの受託開発を請け負う前身会社の時代を含めると、この市場で20年以上の経験と実績を積んでいる。

 大きな転換期は、2010年10月に完全子会社したデジタル・グローブの電子カルテ「OpenDolphin」の販売を始めたこと(2012年12月に吸収合併)。OpenDolphinは2000年に経済産業省の公募事業(地域医療連携プロジェクト)で開発した電子カルテ「eDolphin」を、2004年にオープンソース化するとともに名称を変更したものである。WindowsやMac、Linuxの環境で稼働するほか、日本医師会のレセプトソフト「ORCA」と連携できる。2007年にASPサービス、2009年にiPhone/iPod Touch対応、2010年にiPad対応などと機能拡充も進め、国立大学病院や民間病院、開業医の約150件(2013年3月初旬)に利用されているという。

 LSCは今、開業医にOpenDolphinクラウド版の販売に力を注いでいる。大きなビジネスチャンスがあるからだ。同社によると、開業医の電子レセプトの利用率は約95%なのに対して、電子カルテの利用率は20%程度。この数年、利用率に大きな変化はないという。普及を妨げている理由の1つに価格がある。開業医向けC/S版は数百万円するという。サーバを設置するスペースや空調設備も必要になる。5年程度でハードの更新が必要だし、運用の手間も掛かる。

 クラウド版は、開業医をこうした問題から解放してくれる。使用料も月額3万数千円と安価なこともあり、2012年夏ごろから利用を検討する開業医が増え始めている。「カルテのデータを医院外に出せるのか」と疑問に感じる開業医もいるが、「安ければ、クラウドを利用する」という若手の開業医は確実に増えているという。現在、クラウド版とオンプレミス版の販売比率はほぼ半々になってきており、小林社長は「クラウド版の手ごたえを感じている」と自信を見せる。

 開業医が支持する理由はほかにもある。医師自らOpenDolphinに欲しい機能を容易に開発、追加できることだ。オープンソース化したことで、複数の医師は開発した機能を公開している。結果的にOpenDolphinの機能拡充が進むというわけだ。「非オープンの電子カルテはいずれ行き詰るだろう」(小林社長)。

販路拡大へ

 LSCは約9万件の開業医に売り込む。特に年間3000〜4000件開業する新しい開業医の中で、「クラウドに関心がある」「クラウドにアレルギーがない」といった医師である。ただし、LSCの営業力は弱いので、ORCAの販売会社や医療機器会社などと販売提携し、販路を広げている。中堅IT企業のエス・アンド・アイと協業もした。2013年1月には、コニカミノルタエムジーがOpenDolphinを組み込んだ医療用画像システムを発売した。

 2012年2月には、有力IT企業のフューチャーアーキテクトと資本・業務提携をする(出資比率52%)。「サービス提供を止めてしまうかもしれない」という開業医の懸念の声がある。そこで、「大手をバックにつける」(小林社長)ことで、顧客を安心させる意味もあるという。

 LSCは当面の目標を3000件とし、いずれ1万件に増やす計画を立てている。同社によると、電子カルテ市場は大手IT企業が強いものの、トップシェアでも3000件程度だという。1万件を獲得すれば、デファクトスタンダードになれるという読みだ。小林社長は「電子カルテは、医師のプラットフォームになるので、電子カルテを押さえた企業が医療ITの世界で生き残れる」とし、次の戦略を練る。


一期一会

 小林社長はPCの世界を歩いてきた。旧日立家電や日本IBM、アスキーNTなどで、PCの製品企画やマーケティングを担当した。その後、CRM(顧客情報管理)、セキュリティのソフト会社を経て、3年前にLSC社長に就いた。「泣かず飛ばずの受託開発会社(LSCの前身)だったが、社長をやらないかと誘われた」。これまでの経験を生かし、「医療の世界にITで貢献したい」と思ったのが、LSCに入るきっかけだった。

 小林社長に医療システムの経験はないが、クラウド時代に向けた過去の経験を生かせると考えた。インターネット上でサービスを提供するクラウドへの移行期にあったこともある。例えば、セールスフォース・ドットコムの登場で、既存のCRM会社は厳しい状況になったことを見てきた。「パッケージソフトからサービス提供の時代になる」と強く感じていた小林社長は、「電子カルテもC/S型システムからクラウドに移行する」と確信し、クラウドをベースにした医療サービスで、ナンバーワンを目指す。

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