読者の中にも既に悟り切った達人は居ると思うが、「鞄を軽くしようと思えば、小さな鞄を持つこと」が鉄則である。筆者は、簡単なこれだけのことを理解するまで約30年の年月と、数十個の鞄を買い直すまで遠回りをしてしまった。
筆者の友人の中にも、小さなZERO HALLIBURTONからスタートし、Hartman社のアタッシェケース、RIMOWAの中型トランク、と順調に拡大・成長し、遂に肩と上腕骨を脱臼するに至った人もいる。「見せびらかしと自己満足のパーソナルIT」には少しのお金とたくさんの体力が必要なのだ。
超コンパクトな「SuperTransporter」は、モノを詰め込み過ぎて重くて持てない、なんてことは皆無のアタッシェケースだ。TUMIのようにエキスパンド(膨らむ)することもなければ、ZERO HALLIBURTONのように内容積が最初から大きくもない。自宅のデジタル秤で計測した「SuperTransporter」の重量は1306グラム、約2.8キロ〜3.2キロ前後はあるZERO HALLIBURTONと比較してもその軽量性は圧倒的だ。もちろん、これは、材質の違いだけではなく、サイズの違いが大きく影響しているが、見栄を捨て、厳選すれば普段持ち歩く必要のあるモノはそれほど多くはない(はずだ)。
非の打ち所のないように思える「SuperTransporter」だが、実のところ結構“お馬鹿”も多い。もちろん、「お馬鹿なスペックやこだわり」にも「納得できるお馬鹿なスペック」や「愛すべきお馬鹿なこだわり」も稀にあることは、モノにこだわる方なら理解できるだろう。
最初のお馬鹿は、「SuperTransporter」の「Composition Handle」と名付けられた握り手(ハンドル)の仕様だ。アルミニウム合金削り出しのかなり厚いハンドル本体とそれをサンドイッチするように縫い合わされているレザーのコンビネーションが実に素晴らしい。
超軽量に仕上げたアタッシェケースの総重量のかなりの部分をこのハンドルが占めていることは明らかだが、それでもこのハンドルは素晴らしい。
アルミとレザーの「Composition Handle」は、NCマシンによって 6ミリ厚のアルミニウムに直系1.8ミリの穴が全部で141カ所もあけられている。そして両面には 2ミリ厚のオイルレザーを2枚重ねにして計4枚の革を高精度の治具で挟み込んで固定。これは、たった0.1ミリの誤差が後の手縫い行程に影響する大切な事前工程だ。そして、「Composition Handle」は、最後に革職人の手により一個一個、根気の手縫いと丹念な磨き上げによって完成する。 「Composition Handle」は、心から愛すべき「お馬鹿なこだわり」だ。
しかし、この「SuperTransporter」は、歓迎できない本当のお馬鹿なスペックも1カ所だけ持ち合わせている。それは、「SuperTransporter」を開いた時、異常に目立つ目的不明の2本のストラップだ。善意に考えれば、モバイルPCを内部で遊びなく固定するためのベルトと思える。あるいは、何か重要な、例えば宝石箱とか、複数の高級腕時計ケース等を固定するためのベルトなのかも知れないが、筆者にとっては、単に内部キャパシティを大きく劣化させる邪魔モノにしか見えなかった。
幸い、2本のストラップは内部にネジで固定されていたために、全部で8本のネジを外すことで、内部を完全にオープンスペースにすることができ、問題は最小限に抑えられた。
モバイルワーカーの視点から見れば、謎のストラップの必然性は今も不明だが、もし、その目的がモバイルPCを固定するためなら、全くの蛇足とお金の無駄使いだ。外したパーツを見たところ、高級な分厚い革と軽量の金属が使用されており、これだけでもかなりのコストを占めているだろう。「SuperTransporter」をパソコンのインナーケースのようにモバイルPCだけを入れて移動するビジネスマンはまず居ない。少なくとも、メモ用紙や最低限の書類、ペンケースやその他の小物を同時に収納するのが一般的なはずだ。その際、あの側面と底から出っ張った2本のかさの大きなストラップは、収納という鞄本来の機能を阻害する邪魔者以外の何者でもないはずだ。
鞄の世界でも、オリジナル商品の少ない日本だが、「SuperTransporter」は、販売価格もかなり凄いが(筆者が購入した「SuperTransporter」ST-B477Cは16万8000円だ)、コンセプトやこだわり、そして仕上げも上々だ。しかし「SuperTransporter」の内部構造に関しては、本当にモバイルワーキングを理解している人の意見を確実に聞いて、設計コンセプトをリ・デファインする必要性があるだろう。もちろん、実用物にもファッション性は必要だ。
しかし、鞄本来の大きな目的でもあるユーザビリティやキャパシティを阻害する可能性のある表層デザインや制作者のこだわりは、極力排除して正しい商品を生み出すのが本来の姿だ。
デザインは雰囲気ではなく、便利さや操作性を追求するロジックであり、当然のことだが、デザイナーはアーティストではなくビジネスマンであるべきだ。「SuperTransporter」は、どちらかと言えば隠蔽され引っ込みがちな日本人クラフトマンシップの気迫と思い入れがプロダクトの表面にうまく現れた素晴らしい日本の製品だが、多少目的を見失った機能デザインの不揃いとターゲットのブレがプロダクトトータルの価値を落としている。同社には、今後とも「こだわりと便利」が「トータルデザイン」と完璧に共存両立した素晴らしい商品を期待したい。
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