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市場を裏切る新興企業たち――責められるべきは証券会社……?金融・経済コラム

» 2006年08月14日 10時20分 公開
[保田隆明,ITmedia]

 先週の日経新聞の記事で、証券取引所が上場基準の厳格化を検討というものがありました。最近は、新興市場を中心に上場直後に業績の大幅下方修正を行う企業が相次いでいるので、もっとちゃんとしましょうということだと思います。上場する側のベンチャー企業、上場させる側の証券取引所の審査など、責められるべき人はたくさんいるでしょうが、個人的には上場させてしまう主幹事証券会社の責任がもっと追及されていいかなと思います。

 証券会社にとって、株式公開の主幹事証券になるというのは非常に重要な業務のひとつです。したがってどの証券会社も、将来有望と思われるベンチャー企業を発掘し「上場するときは主幹事証券としてご任命ください」とお願いするわけです。ただ、ベンチャー企業が上場をするには準備期間として最低でも2年弱は必要となります。つまり、証券会社がベンチャー企業にコンタクトをするのは実際に上場をするずっと前になります。その時点では、そのベンチャー企業が本当に将来有望な企業かどうかはなかなか分からないことがほとんどでしょう。ただ、有望だというのが確実になったころには、もうほかの証券会社が主幹事証券会社になってしまっているでしょうから、証券会社はとにかくわれ先にと上場可能性のありそうなベンチャー企業に対して「主幹事証券にご任命を」とセールスしまくります。そして、とりあえず主幹事というポジションを確保しておくという作戦を取ります。

 しかも、証券会社はいざ主幹事証券会社のポジションを確保すると、その時点からベンチャー企業に対して月額手数料をチャージし始めます。手数料金額はまちまちですが、大体月額50万〜100万円でしょうか。これは証券会社が上場準備に関する仕事をするための手数料ということになります。証券会社の側にしてみると、あるベンチャー企業の上場のために一生懸命サービスを提供したのに、最終的にその会社が上場できないとタダ働きになってしまいますので、そういう事態にもある程度の収益を担保できるようにこういう月額手数料を徴収します。

 一方、ベンチャー企業も早く上場したいと思う企業が多いです。したがって、企業の初期段階から証券会社にアプローチをされるのはまんざらではないでしょう。また、一度主幹事証券を決定すると上場までのスケジュールも仮決定し、社内外にも「20xx年に上場予定」と言うこともできます。そうなれば、ビジネスも人材採用もよりスムーズになるでしょう。

 しかし、ベンチャー企業にしてみると主幹事証券を任命すると、月額手数料を証券会社に支払う必要が出てきます。日々、1円でも多くの収益を上げるために汗水たらしているベンチャー企業にしてみると、こんな月額手数料、できれば最小化したいと思うでしょう。最小化するにはどうすればいいか。それは主幹事証券の任命時期を極力遅らせるか、もしくは上場時期をなるべく早めるか、もしくはその両方ということになります。ただ、上場したいと思っているベンチャー企業にとって主幹事証券の任命時期を遅らせるというのは、ニンジンがぶら下がった状態でまだ食べないようにと自制をきかせるぐらい大変なことでしょう。したがって、これはあまり現実的ではありません。むしろ、早く上場して月額手数料を低く抑えようと思うほうが自然でしょう。

 ということで、とにかく早く主幹事ポジションを確保したい証券会社、そして、月額手数料を減らすためにもとにかく早く上場したいと思うベンチャー企業、この両者が二人三脚を組むとどういうことになるかというと……それが最近の未熟企業による上場直後の業績下方修正ということになります。

 さて、そもそもですが、主幹事証券会社には上場候補企業を「デュー・デリジェンス」することが求められています。デュー・デリジェンスという言葉は最近でこそ一般的な用語として定着してきた感もありますが、日本語では「精査」と訳され、非常に詳しく調査をするという意味です。主幹事証券会社のデュー・デリジェンスの結果、そのベンチャー企業が上場企業としてふさわしいというお墨付きを与えて上場させるわけです。

 証券会社にはデュー・デリジェンスを行う審査部門があります。これは、上述のように上場候補企業から主幹事案件を獲得してくる法人営業部門とは異なります。審査部門はまさにその名のとおり、上場候補企業が上場企業としてふさわしいかを審査します。もっと分かりやすく言うと「この会社をうちの証券会社が上場させて、あとで、うちの証券会社の名が汚されないか」を審査するわけです。

 健全な市場の発展があってこそ証券会社は存続し潤うわけですので、市場に背かないというのが証券会社の大前提です。神聖な場所にふさわしいと思われる企業を上場させるのが証券会社の役割であり、逆に言えばふさわしくない企業は上場させないというのも彼らの使命です。ただ、上場すると大きな手数料が証券会社に入ってきますので、法人営業部門としては当然上場させたいという思いが強く働きます。一方、審査部門はそんな稼ぎは二の次で考えます。上場候補会社が上場企業にふさわしいかどうか、その観点だけで判断します。

 審査部門が健全に機能している証券会社であれば、いくら上場準備に入っていたとしても上場にふさわしくないと判断すれば、

 「当社では主幹事証券会社として御社の上場はお手伝いできません」

 と言って、主幹事を降りることもたまにあります。これで、上場にふさわしくない企業が上場する道が閉ざされてメデタシと思いきや、今の日本では星の数ほど上場業務を手がける証券会社が存在します。つまり、どこかの証券会社が勇気ある決断をしてある企業に上場企業としてはふさわしくないという三行半を突きつけたとしても、ほかの証券会社が「うちなら御社を上場させることができまっせ!」とその企業に擦り寄るわけです。つまり、業界全体としての審査のレベル、モラルを向上させないことには問題の解決にはなりません。

 株式公開の主幹事になれる証券会社は、以前であれば大手4社(野村、大和、日興、山一)に限られていたと言っても過言ではありませんでした。つまり、格のある証券会社だけに限られた業務だったわけです。この4社は自社の格を重んじるためにも、上場企業にふさわしくない企業は上場させないという強い思いが働いていたと思います。しかし今や、株式公開の主幹事業務は、外資系証券会社、そして中小の証券会社、はたまたネット証券までが広く手がけるものとなってしまいました。その分、サービスを受ける側の上場候補企業にしてみるとチョイスも増えて手数料も下がり、良かったのだと思いますが、しかし、同時に証券業界全体としての引受審査のレベルが下がったのも確実でしょう。

 上場を最終的に承認するのは証券取引所です。しかし、その審査過程は大体想像がつくと思いますが、半分はお役所的な作業となります。つまり、上場基準を満たしているかどうかというチェックと事業内容に関するヒアリング。ただ、この世の中の進化の激しい時代においては、いくら事業内容をヒアリングしてもその会社が上場企業としてふさわしいかどうか(投資家を大幅に裏切らないような業績を上げることができるかどうか)は、特に新興市場の場合は見切ることはできないでしょう。大きな部分は主幹事証券のデュー・デリジェンスに頼らざるを得ないと思います。

さて、新興市場に対する不信が深まる中で、証券会社の引受審査のモラルはどれぐらい回復するでしょうか。

保田隆明氏のプロフィール

リーマン・ブラザーズ証券、UBS証券にてM&Aアドバイザリー、資金調達案件を担当。2004年春にソーシャルネットワーキングサイト運営会社を起業。同事業譲渡後、ベンチャーキャピタル業に従事。2006年1月よりワクワク経済研究所LLP代表パートナー。現在は、テレビなど各種メディアで株式・経済・金融に関するコメンテーターとして活動。著書:『図解 株式市場とM&A』(翔泳社)、『恋する株式投資入門』(青春出版社)。ブログはhttp://wkwk.tv/chou/


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