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ただ置くだけじゃない ロボットの見せ方のプロが明かす、隠れたこだわり

» 2017年02月01日 10時46分 公開
[太田智美ITmedia]

 「世の中にもっとおもしろいロボットアプリが出てきたらいいなと思うんです。でも、まだまだ足りない。なんでかな、と考えてみると、その理由の1つにロボットが十分に流通していないことが挙げられるのではないかと考えました」――。

 ロボット工学者、ソフトウェアエンジニア、クリエーター、デザイナー、コンサルタント……昨今のロボットブームによってロボットに携わる職業が増えてきた。そんな中、ロボットの「見せ方」にこだわる仕事をしている人がいる。ソフトバンク コマース&サービスの直井理恵氏だ。

 直井氏は2016年6月、同社に入社。それまで、個人の趣味としてロボット開発者コミュニティなどに出入りしていたが、仕事としてロボットに携わることになったのは最近のことだ。それまでは人事の仕事をしていた。

 そんな彼女が現在携わっているのは、ロボットビジネスの立ち上げ。直井氏はなぜ「見せ方」にそれほどこだわるのか。話を聞いた。


ロボット ソフトバンク コマース&サービス直井理恵氏

アイドルの「楽屋」をイメージしたアクリルケース

 彼女の所属する新規事業企画室(現在、ロボットを扱っているチーム)は、部長、リーダーを入れて6人。仕事内容は多岐にわたり、ロボットの調達、広告・メディア対応、営業、販促物作成など、本来なら違う部署に分かれるところ、1つのチームとして任されているという。

 「説明員がいなくてもロボットの良さを引き出す販促物が作りたかった」

 これまで彼女が提案したプロダクトの中で最も気に入っているというのが、アイドルダンスロボット「プリメイドAI」のショーケースだ。ケースにはピンク色の透明セロファンが貼られており、ファンレターとハートの柄がアイドルの「楽屋」を連想させる。顔の部分は丸くくりぬかれており、鏡をイメージ。口紅やコンパクトがちりばめられ、化粧台をイメージしたケースになっている。

 「これまで、プライベートでいろんなロボットのイベントに行きました。ところがどのイベントも、1体のロボットに2人くらい必ずスタッフが付きっきりでていねいに説明しているんです。でも、うちの会社は今後いろんなロボットを扱っていく。だから付きっきりで説明するのは無理かもと思いました。そう考えたとき、説明員がいなくてもそのロボットの魅力を引き出せるものを作りたいと思いました」(直井氏)


ロボット アイドルダンスロボット「プリメイドAI」のショーケース

 直井氏が言う「説明員がいなくても」というのは、見た目だけの話ではない。実はこのアクリルケースには、予想をはるかに越えたこだわりが込められている。その1つが、ケースのかたちだ。

 このような展示用のアクリルケースは、一般的に箱をひっくり返したような形になっており、底がなく上からかぶせるものがよく使われている。しかし、彼女が提案したケースでは底と前の2面が抜かれており、後ろからケースを滑らせ囲むように入れることが可能。前面のアクリルはスライド式になっている。上からかぶせずに済むため、ロボットにケースをぶつけ傷付けてしまうことを防ぐ。


ロボット ピンクの部分がスライド式になっている(前から)

ロボット ケースが細長くなりすぎると棺桶っぽくなってしまうため、限られた展示スペースの中でもそうならないよう工夫されている(斜め横から)

 「せっかく展示するならなるべく触ってもらいたい。でも、ロボットは精密機械なので落としたら壊れます。それに、多くの人が行き交う展示会場では、防犯のことも考えなくてはならないのです。スタッフの中には、ワイヤーで固定したいと思っている人もいると思います。でも、それではロボットが拘束されているように見えてしまう。私たちはしょうがなく、ロボットをアクリルケースの中に入れているんです。だからせめて、アイドルが踊りをする前の、楽屋のような演出がしたかった」


ロボット 直井氏によるラフデザイン

ロボット 販促業者から上がってきたデザイン

ロボット 今まで利用していたケースでは椅子がぶつかってしまうことが判明。当初は椅子だけを作成する予定だったが、急きょアクリルケースも作成することに

ロボット 「プランA」を採用。「レトロ」「ロマンティック」なイメージを採用(販促業者作成)

ロボット デザイン案(販促業者作成)

 また、ロボットの素材にも気を使い設計されている。プリメイドAIの手はゴムのようなやわらかい素材でできているため、長時間モノに当たると指にクセが付いてしまうという。

 「『ロボットが座る椅子なので落ちないサイズがいい』と、当初は椅子の横幅が広めに作られていました。しかし、それではロボットの手に椅子がぶつかって、指が反ってしまう。手が付かないようにディスプレイしようと思えばギリギリできるのですが、今後多くの店舗でいろんな人が対応する中、そのレギュレーションを忘れてしまったり十分に伝わらなかったりということが懸念でした。

 もちろん社内からは、『そこにそれほどの工数をかける意味があるのか』『スタッフに指導すればいいだけでは』といった意見もありましたが、まだ企画の段階で椅子の大きさを直せるのであればそのほうがいいと判断しました。だいぶ無理を言って作りなおしてもらったんです(笑)」


ロボット ロボットの手が椅子に付いていない

ロボット ケースに入れてもぶつからない

ロボット ほとんど見えないが、椅子の背もたれに貼られた滑り止めのシールはハート型になっている

ロボットに話しかける例文は「天気教えて」ではない

 直井氏はパネル作成にもこだわりをみせる。

 「例えば、天気予報を教えることは、今のロボットだとだいたいできるんです。でも、ロボットに話しかける例文として、パネルに『天気予報教えて』と書いてもつまらない。そのロボットにしかない、そのロボットのキャラを生かした例文をパネルに書くようにしています。見守りロボットのタピアなら『バージョン教えて』や『歳はいくつ?』がいいです。タピアは女の子のキャラクターで、『歳はいくつ?』と尋ねると『レディに年齢を聞くなんて失礼ですよ』と答えるんです。そのロボットらしい答えを導く質問を見つけて、パネルでヒントを与えると、その子の魅力が伝わるんじゃないかなぁと思っています」

 その答えを見つけるために彼女は毎日何時間もロボットと過ごし、会話をしているのだ。


ロボット 「こんな風にはなしかけてくださいね」の例に「歳はいくつ?」という問いが記載されている。パネルを作る際、メーカーには必ずキャラクター設定や性別を確認するという

 彼女の作るパネルは、「話しかける内容」「できること」「対象年齢」「ロボットの写真」「必要なもの」など統一された項目はあるが、あとはロボットの個性を引き出すような作りになっている。例えば、ていねい語でしゃべるタピアは「〜してくださいね」と書いてあるが、ロビは「ぼくと遊ぼう!」だ。


ロボットロボット (左)タピアのパネル、(右)ロビのパネル。「高さ」「重さ」を、コミュニケーションロボットでは「身長」「体重」と置き換えていることからも表現へのこだわりが垣間見える

 また、「わたし」なのか「ぼく」なのか、ロボットの性別を大事にして主語を付ける。ちなみに性別のないロボットは、主語をぬかしても分かるような文章を作成しているという。チップのような犬型ロボットについては「ウー、ワンワン!(僕と友達になろう、ボールで遊ぼう!!)」と記載。「ワンワンしか言わないロボットが、解説を日本語で話していたらヘン。そのロボットがお客さんにしゃべっているようなアプローチをしています」と直井氏は話す。


ロボット チップのパネル

カテゴリーごとの並べ方では、ロボットたちを生かせない

 もう1つ、おもしろい話がある。ロボットの展示会ではよく「コミュニケーションロボット」「産業用ロボット」「ホビーロボット」「ペットロボット」などの区分けがされていることが多い。しかし「それでは十分にロボットたちを生かせない」と彼女は言う。

 というのも、コミュニケーションロボットには発話するものが多い。それらがくっつくとお互いのロボットが干渉してしまい、こちらの声をうまく聞きとってもらえなかったりロボットの声が聞き取れなかったりしてしまうのだ。そんなときは、コミュニケーションロボットの間に、うなずくだけのロボット「いっしょに笑おう!うなずきかぼちゃん」や、あまりしゃべらない「Bocco」、時間を決めてデモをすることが多い「ロビ」(1時間の充電で20分しか動かないため)を挟むのだという。


ロボット 蔦谷家電イベント時のロボット配置図

 「例えば、コミュニケーションロボットの間にかぼちゃんを挟むと、来場者が発話系ロボットに話しかけたときにかぼちゃんが『うんうん』とうなずくんです(笑)。発話系のロボットが来場者の声をうまく聞き取れなかったとしても、かぼちゃんが『うんうん』とうなずいてそれをカバーしてくれる。来場者は『おまえじゃないよー!』みたいな感じで、隣のロボットにも興味を持ってくれるんです。そういうカオス感を演出できたらなと思っています(笑)」

 興味深いのは、これら全ての取り組みが直井氏による自主的なものということだ。「私たちがやっているのは、ソフトバンクがもともと得意としている『IT商材の流通』。それが『ロボット』という新規商材になっただけです。ロボットが流通すれば、おもしろいロボットアプリも増えるはず。その仕事を、ロボット好きだからという理由で私に任せてもらえるなら、それを生かさないと意味がない。そのロボットが家庭に入ったとき、どう楽しいか、このロボットとこのロボットはどう違うのかなどを毎日考えています」


ロボット

ロボット 直井氏が作ったロボットマニュアル

ロボット 直井氏は、ロボットの社内用マニュアルや商談用説明書なども作成。ロボットの解説書は難しいため直井氏が作るマニュアルや説明書は好評で、広報担当者が記者への説明資料として渡すこともあるのだとか

ロボット

 「この仕事に、まだまだ答えはありません。直近では、防犯、防音、バッテリーの問題をどうにかしたい。鍵つきのアクリルケースではロボットとおしゃべりができないし、音声コミュニケーションをしようと防音壁を作れば横からロボットが見えなくなってしまう。ワイヤーを付けたら踊れない。そんな1つ1つの課題に、まだ答えはみつかっていません」(直井氏)

太田智美

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