例えば1人の顔を描く場合、髪や目、鼻、口などの部位を4.7インチの画面いっぱいに広げ、何度も何度も指で線を引く。色はバケツツールで塗りつぶせるが、境界線上の細かな箇所は指で微調整する。
前髪の線を1本1本指で描く様子を見ていると、全体でどれほどの時間がかかるのか想像もつかない。「実作業時間は正直覚えていませんが、1日3〜4時間かけて1コマ描くことも。でも、勉強に比べれば苦ではなかった」(あつもりそうさん)
最も苦労したのは、線を引くこと。キャラの輪郭やペン入れなど、定規ツールを使わずに線を引くのは大変だったという。
「指が線に重なるので、今どんな線が描かれていて、画面のどこが反応しているのか分からなくて。いったん指を離して戻るボタンを押して、また線を引いて……を繰り返していた」と振り返る。PCのようにショートカットキーを使えないのもネックだった。
しかし、スマホで描くメリットもある。場所を問わずどこでも描けるので、執筆時間を多く取れた。スマホ本体をくるくる回しながら、描きやすい角度を見つけられるのもスマホならではだ。
地道な努力を続け、『あなたが恋と言うのなら』は見事「矢吹健太朗 漫画賞」で奨励賞を受賞した。大学受験にも成功し、新たな生活を送る今も、彼は漫画を描き続けている。
ただ、“スマホで描く漫画家”は事実上引退となってしまったようだ。
彼は今、大学の授業で必要になったノートPCと、眠らせていた板タブ、漫画制作ソフト「CLIP STUDIO PAINT」という環境で絵を描いている。
「もうスマホでは描きません。読者にとっては何を使って描こうが関係ないですし、PCで描いた方が全然速いですからね」とあつもりそうさんは笑う。
新人漫画家の挑戦は続く。
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