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2003年12月16日 00:00 AM 更新
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日本のホスティング・マーケットの歴史と現状を探る(2/2)
ネットバブルの加熱と崩壊
ネットバブル、加熱 |
1999年 |
インターネットバンキング始まる、NTT分割
半ばに、eBayがシステムダウン |
1999年1月 |
モデムメーカーのHayes社倒産 |
1999年2月 |
iモードサービスが開始 |
1999年4月 |
インターキュー、ICANNのドメイン名登録機関レジストラに選出 |
1999年6月 |
ニフティサーブに無制限コース新設 |
1999年8月 |
インターキュー、店頭公開 |
1999年9月 |
Yahoo!オークション、開始
光通信、東証一部上場 |
1999年9月 |
アイル、専用サーバ・ホスティング販売を開始
GMO、ディスカウントドメインドットコム(現お名前ドットコム)サービススタート
jpドメイン名、10万件突破 |
1999年12月 |
アイル、サーバ環境をアメリカから国内へ移転
ハイパーネットのハイパーシステムをインターキューが買収
日本インターネットプロバイダー協会、設立総会 |
2000年 |
不正アクセス防止法施行 |
2000年2月 |
ソフトバンク株、光通信株など、株価が大暴落を始める |
2000年3月 |
ジャストシステムがジャストネットを営業譲渡
Yahoo!JAPANがジオシティーズを買収 |
2000年4月 |
interQまるごとサーバー開始(データセンターサービス) |
2000年7月 |
Yahoo!JAPAN、一日一億ページビュー達成 |
2000年8月 |
インターキュー、株式会社お名前ドットコムを設立(年末で10万件突破)
楽天が店頭公開 |
2000年10月 |
ハイパーボックス、法人化 |
2000年12月 |
JPRS設立
インターキュー、ハイパーシステムのライセンス供与を開始 |
ネットバブルが崩壊したそもそもの要因がどこにあるのか、それは意見が分かれるところだが、ネットを商業活動に利用できるという過大な期待のもとによる設備投資の増大と、マーケティングコストの増大とが重なり、収益を悪化させ、急速なマーケットの縮小に転じた、というのが大局的な真相ではなかろうか。
つまり、e-Businessへの過熱、というところだろう。日本におけるe-Business狂乱は、1999年、より熱を帯び始める。この年はあまりにもさまざまなことが起きた。米国でeBayがサーバダウンしたのも、この年である。
NTT改革の第2弾としてNTTが地域会社等に分割された1999年、2月にはiモードサービスが開始された。ニフティで無制限コースが開設されたのも1999年だ。9月にはYahoo!オークションが始まり、光通信は東証一部に上場。
ホスティング業界では、8月に店頭公開したインターキューは、ICANNのドメイン名登録機関レジストラに選出され、アイルが専用サーバ・ホスティングサービスを開始。インターキューはお名前ドットコムの前身に当たるサービスを開始している。ハイパーネットの知的資産をインターキューが買収したのもこの年の12月だ。ちなみに日本インターネットプロバイダ協会の設立総会が12月に開催されている。
大企業から個人に至るまでが、競ってホームページを立ち上げ、インターネットで商売を始める、新たな流通大陸があっという間に出現した時代でもあり、コミュニケーションとしてのインターネットサービスが認知され始めた時代でもあった。
だがそのサービスの主体であるホスティング業界の安定はまだまだこれから、という状況であった。
そして不正アクセス防止法が施行された2000年、20世紀最後の年、2月にソフトバンクや光通信株が大暴落を始める。3月には、ジャストシステムがジャストネットを営業譲渡し、Yahoo! JAPANはジオシティーズを買収、8月には楽天が店頭公開した。
2000年4月、インターキューは「interQまるごとサーバー」サービスを開始し、8月には株式会社お名前ドットコムを設立(年末までに10万件のユーザーを獲得)。ハイパーボックスも10月に法人化した。ちなみにJPRSはこの年の12月に設立されている。
個人名ドメインの流行や、レンタルサーバサービスは、順調に認知されてきた時代でもある。インターネット接続人口が増えるに従い、こういったサービスを欲する市場パイも拡大を続けていたのだ。
ネットバブルの終わりとブロードバンド時代の幕開け
ネットバブルの終わりとYahoo!一強時代 |
2001年1月 |
日本インターネットプロバイダー協会、法人登記完了 |
2001年2月 |
汎用JPドメイン名、登録開始 |
2001年4月 |
インターキュー、グローバルメディアオンライン株式会社(GMO)に改称 |
2001年5月 |
GMO、株式会社アイル、株式会社ラピッドサイトを買収 |
2001年9月 |
Yahoo! BB、商用サービス開始 |
2001年11月 |
ロリポップオープン |
2002年1月 |
個人向け非会員制ネット接続サービスinterQ ORIGINALサービスを終了 |
2002年4月 |
日本インターネットプロバイダー協会、レンタルサーバ部会を設立 |
2002年5月 |
RealNames社、廃業 |
2002年8月 |
GMO、クレイフィッシュのレンタルサーバー事業運営を受託 |
2002年9月 |
ハイパーボックス、ホスティング業として国内初の標準24時間電話サポート開始 |
2002年10月 |
ライブドアが民事再生法申請、オン・ザ・エッヂに営業譲渡 |
ネットバブルは当事者にとって大きな事件だったが、日本のインターネットの発展と普及にとって、それほど影響力はなかった、というのが結局実相ではないだろうか。米国や韓国に追いつき、追い越すに至るADSLに代表されるブロードバンド時代は、皮肉にもネットバブルの終わりとともに、始まるのである。2001年9月のYahoo! BB商用サービスの開始とともに、ブロードバンド時代の幕が開いた。
さてJPRSによって汎用JPドメイン名の登録が開始され、日本インターネットプロバイダ協会の法人登記が完了した2001年、業界最大手のインターキューは、グローバルメディアオンライン(GMO)と改称。
店頭公開以降事業が関連する企業のM&Aを行っていた同社は、ここにきて同業の買収を開始。2001年5月、株式会社アイルおよび株式会社ラピッドサイトを買収している。まぐクリック(連結子会社)やサイバーエージェント(株主第2位)でもあるGMOの動きは、インターネットの世界でも影響力のあるものとなってきた。これはとりもなおさず、ホスティング業界の確立と地位を向上させる可能性を秘めている。
同年9月、ハイパーボックスはホスティング業として国内初の標準24時間電話サポートを開始。ホスティング業としてのサービス追求を続ける姿勢を示した。
ちなみに、世界で最も廉価なブロードバンド先進国になってしまった日本では、華々しい話題の影でかつて注目を集めたサービスがひっそりと次のフェイズへ移行していったのは、インターネットサービスの浮き沈みの激しさであろうか。
2002年1月、個人向け非会員制ネット接続サービスinterQ ORIGINALがサービスを終了。5月には、RealNames社が廃業し、10月、無料インターネット接続サービスとして名を馳せたライブドアが民事再生法を申請。オン・ザ・エッヂ(当時。現在ライブドアに社名改称)に営業譲渡した。
拡大基調はいつまで続くか?
IT業界の立ち直り気配 |
2003年5月 |
GMO、日本ジオトラスト株式会社を設立 |
2003年8月 |
Yahoo! BB、300万人突破 |
2003年10月 |
GMO、インターネットナンバーへ資本参加 |
そしてもう年の瀬だが、2003年も順調にインターネットの拡大基調は続いている。2003年10月3日、Yahoo! BB会員は300万人を突破。Yahoo! JAPANの1日あたりのページビューは、2003年5月の段階でなんと5億ページビューに達した。
この急激な成長基調は、いつか鈍化するのは誰の目にも明らかだ。現在でも、かつてのインターネットユーザーと比較して、初心者層の増大により、日本のインターネットの状況は変化しつつある。ホスティング業としても、よりわかりやすくて丁寧なサービスが期待されているのは、こういったインターネットユーザーが変化しつつあるからでもある。
業界の動きを見ると、GMOは2003年5月に日本ジオトラスト株式会社を設立し、10月にはインターネットナンバーに資本参加。ホスティング業界の成熟化を見据え、セキュリティサービスを開始し、新たなサービスも模索し始めた。
だが、インターネットユーザーの変化とサービスの質の向上が求められている時代に、業界はどの方向へ動こうとしているのか? ハイパーボックスの深田氏はその点について、警鐘を鳴らす。次回、いよいよホスティング業界の現実が明かされる。
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