それでもヤレーネンは諦めきれず、自分の功績として魔法に名前をつけることにします。そこで「クーラトルゾ」という名前を付けたものの、既に商標登録されており使えません。結果として「一般魔法術式」という、当たり障りない表現になりました。
一方、魔法を誰でも使えるようにした研究成果は世間でそこそこ話題になり、人々の記憶に残りました。しかし「時間がかかりすぎて完成した時点で役立たずになってしまう」を意味する悪い教訓として、「クーラトルゾ現象」という俗称が定着したのです。
このような結末に至った原因として、ヤレーネンがエルフの魔法使いであるがゆえに、人間社会を理解していなかった点が挙げられます。長期間に渡る研究を続ける中で、魔法以外の技術が登場することに加えて、社会制度の変化も想定していませんでした。魔法が便利になっても、より便利なものがあれば人々はそちらを使います。何より時間をかけすぎた点が、一番の問題だったのです。
ここまでは異世界ファンタジーと魔法における話です。一方、現代社会における「魔法」といわれるのが「生成AI」です。しかし現実の生成AIはファンタジー世界の魔法と比較すれば、誰でも簡単に使えます。さらに短期間ですさまじいスピードで進化し、毎日のように新しい製品や機能が発表されています。
そのため、各種生成AIツールにおいて「〇〇(ツール名)は必須! 課金が当たり前」「もう〇〇(ツール名)は終わり」などと騒がれます。結果、生成AIツールの覇権は3カ月(1クール)ごとに変わっており、新作アニメと似たような様相を呈しています。
では、生成AIを利用する企業を取り巻く現状を見てみましょう。2022年11月のChatGPT登場以来、生成AIを導入する企業は増えているものの、まだまだ限られた規模にとどまっています。利便性の高いツールであるものの、さまざまな理由から導入に至らない企業も多いです。
こうした背景は、導入を検討するばかりで、時間がかかりすぎている点があります。既にChatGPT以外にもさまざまな生成AIツールが登場しており、用途によっては強みや特徴も異なります。さらに料金や機能、安全性、スケジュール、導入事例、サポート、社内調整など導入前にはさまざまな計画が必要です。
そこでどの生成AIをどうやって導入すべきかを調べていると、予定が遅れていきます。さらに生成AI導入には社内において多くの調整が必要になるため、合意形成にも時間がかかります。結果、生成AIツールの開発元から新機能やバージョンアップの発表があり、同時に機能削除や旧バージョンの提供停止で状況が変わります。
これを受け企業は再度検討するものの、またも計画と調整で遅れて発表により状況が変わるサイクルとして円環の理を繰り返すのです。
企業活動におけるPDCAサイクルは、「Plan(計画)」「Do(実行)」「Check(評価)」「Action(改善)」の頭文字です。
しかし生成AI導入においては「Plan(計画)」「Delay(遅延)」「Control(調整)」「Announcement(発表)」のPDCAサイクルとなっています。
仮に生成AI導入のPDCAサイクルを抜け出しても、実際に生成AIを会社で使えるようになるまでに多くの手間が必要になります。もちろん数カ月で終わらず、相応に時間のかかるプロジェクトとなりますし、経験のない開発業務で遅延も発生するでしょう。
結果、やっと使えるようになった生成AIが、古いバージョンで微妙に使い勝手が悪いという問題もでてきます。これでは魔法を長期間かけて研究したものの、完成した頃に役立たずになっていたヤレーネンと同じです。
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