「LLMが持つ能力には、人間の作ったものを理解する能力と、それに近いものを出力する能力の2つがある」。倉林さんはこう切り出して「ゲーム開発の現場で、このどちらがより重要か」という問いを投げかけた。この問いに対し、金井さんはTaurusの運用経験から興味深い知見を示す。
3000人規模の組織では、社員それぞれが異なる表現や言い回しで質問を投げかけてくる。そのため、実際にAIアシスタントを運用していくと「質問がイケていないというのが絶対的にある。日本語の表現的におかしいのかもしれないし、自分が知りたい用語がそもそも入っていないので、AI側も何を聞かれているのか分からない」と金井さん。こうした実態から、多様な表現を理解し、意図をくみ取る能力の重要性が見えてきたという。
実際に社内での活用状況を見ていると、生成AIの活用方法に興味深い傾向が見えてきたと芦原さんは語る。「全体で使っている人たちの声を聞くと、AIに新しい文章を作らせるより、自分が書いたコードやドキュメントを見せて『これはどうだろう』とチェックしてもらう使い方の方が、うまくいっている」。生成AIを創造の主体としてではなく、知識を持った第三者の目として活用する形が、自然と定着してきているという。
一方、生成能力の効果的な活用例も出てきている。シナリオ執筆の現場では、作家への建設的なフィードバックや励ましのコメントをAIが提供。「シナリオライターは1人で執筆しているので、単純な感想を言ってくれるだけでもだいぶ楽になる」と金井さんは説明する。次工程への移行判断の後押しにもなり、開発スピードの向上にもつながっているという。
「最終成果物より中間生成物の方が、学習データとして魅力的だと分かってきた」。そう語る倉林さんは、いかにして中間生成物を残していくかが重要であると、ゲーム開発におけるAI活用の新たな課題を指摘する。
これについて金井さんは、かつて目にしたドット絵制作の現場を例に挙げた。「解像度が低かった時代、1ドットの持つ価値は非常に大きく、クリエイターは同じ場所に白いドットを置いては消し、また置いては消しということを何度も繰り返していた」。その試行錯誤の過程にこそ、重要な判断や意図が詰まっていたと話す。
「本人の中では、そこに1ドットがないことで画像の滑らかさが失われる。だから何度も繰り返して最適な答えを探していた。そこの過程が大事だったと思う。でも、そういう反復する機会はもうデータとして残っていない」(金井さん)
コードの開発履歴も同様の課題を抱えている。芦原さんは「何年も開発していく中で、なぜこのコードはこうなっているんだろうと疑問が湧いた時に、AIにその説明を求めると、それを解説してくれる未来はありえるだろうか?」と疑問を投げかけた。
これに対して倉林さんは「変更履歴を学習するだけでなく、その背景にある仕様書の履歴や意思決定のプロセスまで含めて残していく必要がある」と返答。単なるコミットログだけでなく、チケット駆動開発における変更依頼の記録なども含めた、より包括的なデータの保存が必要になるだろうと答えた。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.