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オードリー・タン×Sakana AIデビッド・ハーCEO対談 シンギュラリティに立ち向かう 「プルラリティ」がもたらすものはSusHi Tech Tokyo 2025

» 2025年05月16日 08時00分 公開
[石井徹ITmedia]

 東京都や経団連からなる実行委員会が5月8〜10日に東京ビッグサイトで開催したスタートアップイベント「SusHi Tech Tokyo 2025」で、台湾の前デジタル担当大臣オードリー・タン氏と、AIスタートアップ・Sakana AIのデビッド・ハーCEOが対談した。

 「デジタル公共財とAI」とテーマの基、AIの発展について議論が交わされたが、中でも重点的に触れられたのがシンギュラリティに対する「プルラリティ」(plurality:多元性)という概念だ。

photo オードリー・タン氏(左)とデビッド・ハーCEO(右)

どう違う、プルラリティとシンギュラリティ

 シンギュラリティとは、人工知能が人間の知能を超え、自己改良を繰り返して急速に進化し、最終的に人間の理解や制御を超えた「超知能」が生まれるという概念だ。技術者のレイ・カーツワイル氏などによって提唱され、AIの指数関数的な発展が人類社会に根本的な変革をもたらす歴史的転換点とされている。タン氏は「少数の人たちが非常に強力なAIを作り、そのAIが次世代のAIを作り、人間の制御不可能なところにまで飛んでいってしまう」と説明する。

 対するプルラリティは、オードリー・タン氏と米Microsoftの研究主任であるE・グレン・ワイル氏が共同で提唱する概念だ。タン氏によれば「多くの人がそれぞれAIの方向性について異なる意見を持ち、テクノロジーを使って、最も大多数が求めるものを実現できる」ことを指すという。タン氏は「AIが新たな発明をしたら、全ての人がそのコピーを持てるようにする」とのビジョンを語った。

 プルラリティは単なる技術的な概念であるだけではなく、テクノロジーと民主主義の関係を再構築するビジョンでもあるとタン氏。タン氏とワイル氏が22年に共著で発表した「Plurality: 民主主義と違いを超えて協力するためのテクノロジー」では、プルラリティを「社会的および文化的な違いを超えた協働を認識し、尊重し、力を与えるテクノロジー」と定義している。

 特徴は大きく3つ。1つ目は「多様性の尊重と活用」だ。異なる意見や視点を単に許容するだけでなく、積極的に多様性から価値を創出しようとする。2つ目は「分散型と民主的」なガバナンスを重視する点。AIの開発が少数のエリートやテック企業によって独占されるのではなく、多くの市民が参加・貢献できるオープンなプロセスを目指す。3つ目は「コラボレーション促進」。テクノロジーを活用して、異なる意見や背景を持つ人々の間の架け橋となり、建設的な対話を可能にする。

 シンギュラリティが垂直的で、ロケットのように制御困難な発展を意味するのに対し、プルラリティは水平的で「自分で操縦できる」発展を目指すという。プルラリティは、シンギュラリティがもたらす「全員を取り残す発展」を弱められる可能性もあるとタン氏。プルラリティはアジア的な価値観であるとも表現しており、個人主義的または国家中心主義的なアプローチではなく、多様性を尊重しながら社会全体の調和を求める思想と位置付けている。

 タン氏は分かりやすい例として、メインフレームコンピュータからパーソナルコンピュータへの移行を挙げた。かつては大型コンピュータに全てのデータを集中させる中央集権的な状態だったが、PCの登場により個人が自分のデータを手元で管理し、プライバシーを確保できるようになった。これにより、個人が自分のデータスペースを持つ時代が到来した。同じことが、AIにも当てはめられるという。

プルラリティの実践例

 さらにプルラリティが発揮された実践例として、タン氏は米ケンタッキー州ボーリンググリーン(Bowling Green)の「What Could BG Be?」プロジェクトを紹介した。このプロジェクトは、市民が自分たちの街の未来についての意見を表明し、AIシステム(Gemini)がそれらをまとめて市長に提出するという市民参加型の取り組みだ。

photo 「What Could BG Be?」プロジェクト

 タン氏は「何千人という人たちがかつて手紙を書いて、市長にそれを送ってたわけですけれども、いちいちそれを読む時間はとてもない」と従来の課題を指摘。一方このプロジェクトでは「whatcouldbgbe.com」というWebサイトで、市民が匿名で意見を提出し、他の人の意見に賛成・反対できる仕組みを提供していたという。

 同プラットフォームは2025年2月から3月にかけて実施され、住民たちからは「インフラを良くしたい」「交通網を良くしたい」「もっと博物館や美術館が欲しい」といった意見が寄せられた。「Polis」と呼ばれるオープンソースの調査・研究技術を活用し、AIが市民の意見を分析・要約することで、街の意思決定に市民の声を効果的に反映させる試みになったという。

 タン氏はこの事例がプルラリティとデジタル公共財の理念を体現していると説明する。まず、Polisというオープンソース技術自体がデジタル公共財であり、誰もが自由に利用・改良できる。さらに、このプラットフォームを通じて多様な市民の声を集め、AIが共通点を見いだすプロセスはまさにプルラリティの実践という。

 タン氏は「グループセルフィー(集団での自撮り)みたいなもの。自分たちのグループのことを見る。決断ではなく、合意するようになった」と説明し、対立ではなく共通の利益を見つけることの重要性を強調した。

SLMがもたらすプルラリティ

 タン氏が語った考えに対しハーCEOは、小規模言語モデル(Small Language Model:SLM)がもたらすプルラリティの可能性を説いた。

 SLMは「データを外部に送信せず、自分のデバイスの中に留める」「デバイス内で完結したAI機能を利用できる」など、独立性やプライバシーに長けた長所が注目されている。Sakana AIではSLMの開発に焦点を当てており、「今のフロンティアモデルが、5年ほどで携帯電話で使えるようになるはず」との見方を示した。

photo Sakana AIはスマホ上で動作するSLMを作成した

 SLMの発展がもたらす可能性は、大企業や政府が独占する巨大AIに依存せず、個人が自分のデータスペースを確保しながら、自分の端末で完結するAIを提供するというプルラリティの思想を体現しているとハーCEO。その構図を原子力発電所とソーラーパネルに例えて説明した。

 「AIは新しい電力だとよく言われるが、それはバズワードになっている。APIをアプリケーションレイヤーで電力のように提供するフロンティアモデルは、例えば原子力発電所のようなものかもしれない。一方、私たちの小型モデルはソーラーパネルのように自分で設置できるもので、より小型で分散型。ニーズに合わせて使い分けることができる」(ハーCEO)

オードリー・タン氏はSakana AIをどう評する?

 対談の中では、オードリー・タン氏がSakana AIについての所見を述べる場面も。同社を「ユニコーンスタートアップとして、誇りに思う」と評価した。

 タン氏は「従来型の投資パターンでは、どうしてもハイプサイクルが関わってくる。初めは過度な期待があるものの、その後すぐに熱が冷めて失敗してしまう。こういったシリコンバレー型のハイプサイクルが問題だ」と、シリコンバレー型のスタートアップが直面する課題を指摘する。

 一方でSakana AIについては、粒子が本来は越えられない壁をすり抜ける「トンネル効果」を交え「オープンソースモデルは波のようなもの。魚(Sakana)がちゃんと波を作れば、向こう側に行くことができる」と評した。

 「人々が小さなモデル、オープンソースモデルを再利用するとき、価値が創造できる場所が見つかる。もしかすると、魚はそこで価値が創造できることすら知らないかもしれませんが、エコシステムがそれを発見する。すると、Sakana AIは『その価値で事業ラインを作ろう』と言うことができる。つまり、初期の研究と期待から実際の生産性までの時間を短縮できる」(タン氏)

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