政府が最重要法案と位置付ける「働き方改革関連法案」が6月4日に参議院本会議で審議入りした。「働き方改革」の責を担う加藤勝信厚生労働相は、ITmedia ビジネスオンラインの単独インタビューに応じ、高収入の一部専門職を労働時間規制から外す「高度プロフェッショナル制度」(高プロ)について、「今後も年収要件の引き下げや対象業務の拡大をするつもりはない」との考えを明らかにした。
高プロについては、国民から「長時間労働を助長し、過労死が増えるのでは」「対象業務の拡大や年収要件の引き下げが行われるのでは」との懸念が噴出している。
政府は「高プロ」のほか、「残業時間の上限規制」「同一労働同一賃金」を働き方改革の3本の柱に位置付けている。加藤厚労相は、望ましい改革の在り方をどう考えているのか。今後の「働き方改革」の方向性を聞いた。
――日本が国を挙げて働き方改革に取り組まねばならない理由について、改めて加藤厚労相の考えをお聞きしたい。
加藤厚労相: わが国の構造的な課題である「少子高齢化」「人口減少」に立ち向かうには、働く人1人1人の生産性を上げていくしか道はないからだ。
安倍晋三政権がスタートして6年目に入った。当初わが国はデフレ下にあり、経済も低迷していたものの、アベノミクス「3本の矢」によって経済の状況もかなり変わってきたと考えている。その中で、若い人たちが日本の将来に夢や希望、そしてある意味では「革新」を持っていろいろなことに挑戦してもらえる社会を作らねばならない。まさに誰もが活躍できる社会ということで「一億総活躍社会」を提示し、その最大のチャレンジとして「働き方改革実行計画」を作成した。
人口が減少するということは、主な働き手である15〜64歳の「生産年齢人口」の減少も意味する。しかし、この5年間の状況をみると、生産年齢人口は減っているものの、シニアや女性の働き手の割合は増えてきている。
ただ、シニアや女性の方々は、育児や介護、あるいは自分の体調などの制約条件を持ちながら働くことになる。それでも働きたいという希望が実現できる社会、まさにそれぞれの事情に応じて働き方を選択できる社会を作る必要があると考えている。
――具体的にはどのような課題に重点的に取り組んでいくのか。
加藤厚労相: まずは長時間労働を抑制していかなければならない。これには特に「2度と過労死を起こさせない」という思いで取り組んでいる。長時間労働の問題の根底には、「24時間働けますか」というかつてのコマーシャルではないが、長く働くことが良いことだという価値観や、それを前提とした企業文化やライフスタイルがある。それをどう乗り越えていくかは、大きな改革だ。
もう1つは同一労働同一賃金であり、「非正規雇用」の問題だ。非正規で働く人の8割以上が、先述したようにさまざまな制約によって、不本意な働き方を強いられている。例えば、30代半ば以降の女性は、子育てや介護などとの両立を理由に、自ら非正規雇用を選択している方が多い。
非正規で働く方の処遇を改善し、これからの時代に向けて多様で柔軟な働き方を選ぶことのできる「選択肢」を作っていかなければならない。もちろん、「自分ができる仕事がないからフルタイムで働けない」という人には、能力開発のための支援や雇用のチャンスも作っていきたいと考えている。
――同一労働同一賃金について、いわゆる正社員と非正社員の待遇格差をなくすとしている。加藤厚労相はいかなる格差是正の在り方が望ましいと考えているか。
加藤厚労相: 今回は同一企業内における、正規雇用で働く方と非正規雇用で働く方の不合理な待遇格差を禁止するという内容だ。つまり、同じ仕事をしているのに雇用形態によって差別的な取り扱いをしてはいけないということである。
ただ、「禁止する」だけでは実効性は上がらない。不合理な待遇差を解消するために、実効性のある制度を目指す。例えば企業に対しては、非正規で働いている人の求めに応じて、正規で働く人などとの待遇差の理由について、説明義務を課した。
また、不合理な待遇差の是正を求める人のために、最終的に裁判で争うことを保障する法制度も整備する。ただ、実際に裁判に訴えるとなると経済的な負担が大きい。従って、行政による履行確保措置や裁判外紛争解決手続(行政ADR)も整えていかねばならない。行政ADRは、当事者が無料で利用できるようにする予定だ。
どんな雇用形態を選択しても納得を得られる処遇を受け、その仕事に取り組んでいけること。多様な働き方を自由に選択できること。それがひいてはわが国から「非正規」という言葉をなくすことにつながっていくと考えている。
同一労働同一賃金については、すでにガイドライン案は示させていただいた。法案通過後に、もう一度具体的なガイドラインを法案にのっとって作る予定だ。それをベースに、具体的な対応を企業の現場で考えていただきたい。
――日本は長時間労働者の割合が欧米に比べて多く、仕事と家庭の両立が困難だといわれている。
加藤厚労相: 先述した通り、「過労死の撲滅」にはしっかり取り組まなければならない。具体的には、長時間労働の是正によってワークライフバランスを改善すること。男性による家事や育児の時間を増やすことができれば、「もう1人子どもを持ちたい」という子育てへの意欲向上にもつながり、少子化対策にもなる。
シニアや女性の方の中には、長時間働くのは無理であっても、午前9時〜午後5時といった定時であれば、働くことができるという人もいる。短い時間の中で、いかに仕事の段取りを考え、生産性を上げていくのか。仕事の在り方を、本人だけでなく職場の管理者も考えていくことが重要だ。生産性向上の面でも、長時間労働の是正は、われわれがしっかり取り組まなければいけない喫緊の課題だと考えている。
――「残業時間の上限規制」を進める方針だが、実効性ある制度を設計する上で、何が重要だと考えているか。
加藤厚労相: 今回の大きな成果は、「罰則付き上限規制」が設けられたことだ。労働基準法70年の中で特筆すべき大改革といって良い。
時間外労働の上限規制については、労働政策審議会において議論を重ねてきたものの、なかなか答えが出なかった。労働者側と使用者側ではそれぞれ意見が違ったからだ。
これまでは「1日8時間で週40時間」という基本の労働時間があったものの、36協定を設けた場合は、それを超えて青天井で働くことが可能になっていた。だが、今回は時間外労働の上限規制として「原則月45時間、年360時間」と天井を作った。
ただし一時的な業務量の増加などやむを得ない場合もある。その場合、労使が合意した場合でも、上限を年間720時間、複数月では休日の労働も含んで平均80時間、単月では休日の労働も含んで100時間未満という限度を設けた。また、月45時間を超える時間外労働は年間6カ月以内に限っており、これに違反すると罰則を科すという中身になっている。
中には「この規定では過労死を防げない」との批判もある。だが、まずは「天井を作る」ことで労使が合意し、その合意に沿った形で法定化したのだ。これはあくまでも上限であって、そこまでは働いて良いという意味ではない。企業には、さらなる長時間労働の抑制が求められる。
――「高プロ」はあらゆる労働時間規制を取り払う制度で、「定額働かせ放題」とも呼ばれている。長時間労働を防ぐ措置がなくなる危険性や企業が悪用する可能性も指摘されているが。
加藤厚労相: 確かに高プロについてはいろいろな議論がある。ただ、仕事や企業の在り方が変わってきている中で求められるのは、より付加価値の高いものをいかに作り上げるかだと思われる。
そういう働き方が求められる中で、労働時間規制の枠組みを取り払い、自律的に働くことで成果を出したいという人たちが出てきている。そのような働き方を、次の時代に向けてしっかりとこの国に根付かせていくことが、わが国の産業や経済を発展させる上で必要だ。
ただ誰でも彼でもそのように働くべきだ、といっているわけではない。年収要件や対象業務など、職務の範囲が明確でなければならない。また本人の同意も必要だ。そうした要件をクリアして初めて、労働時間や割増賃金の規定から適用除外とするのだ。
長時間労働への懸念については日本労働組合総連合会(連合)からも要請があるなど、いろいろな人からご意見があり、健康確保措置を設定している。1つには、年間104日以上の休日、かつ4週間以内に4日以上の休日取得を義務付けている。また、使用者による労働時間(健康管理時間)の把握、これは在社時間と職場の外で働いた時間を把握するということで、一定時間を超えた場合は医師の面接指導を受けさせなければならない。
これ以外にも、さまざまな健康確保措置を選択的に取り入れることによって長時間労働を防ぎ、働く人の力を十二分に発揮できる社会を作りたいと考えている。
――現在は年収1075万円以上が適用対象者となっているが、制度の枠組みが作られた後に、年収基準の引き下げや対象業務の拡大もあり得るのか?
加藤厚労相: 今回の年収要件は「交渉力のある方」を対象としている。かつても同じ議論があった。その当時に出てきたのが、平均給与の3倍を超える1075万円という水準だった。その考え方が変わることはあり得ない。今後も変えるつもりはない。
――大企業ももちろんだが、この国の多くを支えているのは中小企業だ。制度を作ることに加えて、いかに中小企業の「働き方改革」に魂を入れていくのかが課題だと考えている。国としては何ができるのか、最後にお聞きしたい。
加藤厚労相: 確かに中小企業の方々が、働き方改革に取り組むことは重要だ。政府としては、全国47都道府県に「働き方改革推進支援センター」を設置し、長時間労働の是正など、企業の個別指導に当たりたいと考えている。あるいは労働基準監督署においても、これまで以上に丁寧な相談体制を構築していきたい。
時間外労働を短くするためには、いろいろな設備投資を実施する必要も出てくるだろう。生産性向上に資する機器の導入などを政府として支援し、トータルに取り組んでいく。
もちろん政府として制度は整備していくが、基本的にはその企業ごとの労使において、働き方改革に取り組んでいただかなければ実効性のあるものにはならない。今までの悪しき企業文化をいかに打破していくのか。政府としてはそれを応援していく構えだ。
当然、この法案が成立すれば、この法律の内容についても労使それぞれにしっかりと説明していく。現在も生産性向上に取り組む企業を応援しているが、同様に働き方改革を進める企業も支援し、予算上の措置も講ずる。企業や事業所ごとに、着実に進めていけるよう支援していきたい。
以上が加藤厚労相にインタビューした内容だ。
高プロについては「わが国の産業や経済を発展させる上で必要」とし、年収要件の変更や対象業務の拡大についても「考え方が変わることはあり得ない」と断言した。だが、高プロの対象者が労働時間規制の枠組みから外れる以上、労働者を長時間働かせるなど、企業が悪用する可能性が全くないとは言い切れないのではないか。
法案は今月中にも成立する公算が大きいが、長時間労働を防止するための対策を引き続き検討する必要がある。
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