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迫る“廃業の危機”を救ったのは……「後継者がいない」中小企業の物語個人も“会社を買う”チャンス(2/4 ページ)

» 2018年09月26日 07時00分 公開
[加納由希絵ITmedia]

両社の得意分野でシナジー創出を見込む

 「東京の内装工事会社のM&A?」

 埼玉県行田市に本社を構える湯本内装の社長、湯本茂作さん(71)は、これまで関わったこともなかった会社、経営承継支援からM&Aの打診を受けた。清建を譲り受けることはできないか、という相談だ。

 内装工事業を手掛ける湯本内装を中核企業とする湯本グループは、健康ランドやレストランなどの経営も手掛ける。湯本内装の年商は約30億円。湯本さんは地元に根を張って、会社を大きくしてきた。

photo 湯本内装(埼玉県行田市)の社長、湯本茂作さん

 当初、M&Aで事業拡大することは「頭になかった」。しかし、話を聞いてみると、清建の事業を引き受けることにはたくさんのメリットがあった。

 清建は湯本内装と同業の内装工事業を手掛けるが、得意分野が異なっていた。清建は床工事が得意で、荷揚げ作業や養生作業の技術も高かった。一方、湯本内装の得意分野は壁や天井の工事。両社の技術と人材を合わせれば、業務の幅は大きく広がる。

 それだけではない。湯本内装には東京へ取引先を広げたいという意向があった。清建は東京を拠点にしており、その土地で大手ゼネコンとの取引がある。清建が築いた信頼関係をもとに、リスクなく東京の仕事ができる。シナジーが生まれることを期待できた。

 一方、清建の戸張さんには、M&Aにあたってどうしても譲れない条件があった。それは、「社員と職人の雇用と待遇を維持すること」と、「社名と事業所をそのまま使い続けること」。譲り受ける側にとっては厳しい条件だが、「社長が代わるだけ。社員にはこれまでと同じように仕事をしてもらえるようにしたい」という思いがあったため、譲れなかった。

 実は、湯本内装の他にも譲渡先企業の候補はあった。その中には、より高い金額を提示した企業もあった。しかし、会社に対する戸張さんの思いや、従業員の待遇を重視した条件と折り合う企業は湯本内装しかなかったのだ。

 なぜなら、湯本さんもまた、従業員の働く環境をよく見ているからだ。それが分かる一例が、湯本内装の社員が使っている椅子。背もたれに頭をのせる部分までついている高機能なもので、まるで高層ビルにオフィスを構えるIT企業のようだ。働く環境の整備にかかるコストは惜しまない。

 事業にシナジーがあり、経営に対する思いも共通する部分がある。湯本さんは清建を譲り受けることに決めた。もちろん戸張さんの条件通り、清建の名前と事業所はそのまま。湯本さんが社長に就任し、清建は湯本グループの1社になった。

 「社長が代わっても従業員が悩むことがないようにしたい。『出会えてよかった』と言ってもらいたいのです」と湯本さんは話す。

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