7月中旬――。冬には流氷が押し寄せるオホーツク海に近い北海道の地に足を運び、「夢の庭」と親しまれ、全国から多くの来園客が集まる植物園を訪ねた。
敷地内に足を踏み入れると、「植物園」と聞いてイメージする整然とした空間とは全く違う感じがする。一言でいえば「野性味あふれる花園」だ。野山のような広大な土地に、ぽつぽつと赤いタイマツソウ(モナルダ・ベルガモット)、黄色いヒメヒマワリ、紫色のカンパニュラなどが咲き誇っていて、来園客はその美しさに息をのむ。
咲く花は季節ごとに変わり、常に見頃の花を鑑賞することができる。4〜5月はユキワリソウ、6月はルピナス、7月はタイマツソウ、8月はミソハギ、9月はミヤギノハギ――。だから熱心なリピーターが絶えない。ある来園者は「季節だけでなく、一日のうちでも朝、昼、夕方で匂う花が変わる。そんな楽しみ方ができるのが魅力」だと教えてくれた。
その「夢の庭」はシバザクラでも有名な、人口2600人ほどの滝上(たきのうえ)町にある。入り口の「日本一変(わ)っている花園 陽殖園」という一風変わった看板も目を引く。この「夢の庭」を63年の歳月をかけて作り上げたのが、今回ご紹介する「花の神様」こと高橋武市さん(77歳)だ。
武市さんが運営する「陽殖園」は東京ドーム1.5個分に相当する8ヘクタールの巨大な花園で、武市さんは「自然風観光公園」と呼んでいる。14歳の時から自宅の裏山につるはしとスコップ、手押し車を使って道を作り、斜面に花を植えて、たった1人で築いてきた。
滝上町は1年の半分以上が雪で閉ざされ、植物を育てにくい。しかし、陽殖園には化学肥料も農薬も、水さえもやらずに厳しい環境で力強く生き抜いた800種の花が咲き誇っている。有名ガーデナーが計画的に配置するスタイルとは無縁な、「原始的」な花の世界が広がっているのだ。
武市さんは今でも陽殖園の造園から管理運営までを1人で手掛けており、全国の愛好家から「異色の庭園」として注目されている。武市さんによれば、来園客の7割程度は道外からだという。2015年には日本造園学会北海道支部の「北の造園遺産」にも認定された。
陽殖園は毎年4月29日に開園し、9月の最終日曜日に閉園をする。開園期間の毎週日曜日には、武市さんのガイド付きのツアーが開催され、記者も参加した7月中旬には雨にもかかわらず静岡県、愛知県、佐賀県などから熱心な観光客が15人以上訪れていたことに驚く。佐賀県の唐津市から訪れた親子は「武市さんが出ているテレビ番組を見ていつか来たいと思っていた。昨日のお昼に着いて楽しみにしていた。とても良い体験ができたのでもう1度来たい」と喜んでいた。
ただ、いざ陽殖園に足を踏み入れ歩いてみると、花園が8ヘクタールと広大なせいか、まるで山の中を歩いているようだ。1日で歩ききるのは大変である。「こんなに広大な庭園をどうやって管理しているのですか? 心が折れることはないのですか?」。思わず口をついた質問に武市さんは「オレの心は折れ(オレ)っぱなしだよ」と笑った。
「明日こそ明日こそ、と思って作ってきたよ。俺の場合は1日2日で完成できることじゃないから、来年は今年よりも良くする、という思いだよね。何でも少しずつの積み重ねなんだよ」
取材の最中に出会ったある来園客は、もう3年近く毎月通っているという。「武市さんの作業量が本当に信じられなくらい多いのです。普通のガーデナーなら、とても1人でできる作業量ではありません。こんなことができるのは世界的に見ても武市さんくらいしかいないのではないでしょうか」と教えてくれた。
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