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オホーツク“夢の庭”と生きる77歳「花の神様」から教えられたこと60年以上かけて築き上げた「遺産」(3/7 ページ)

» 2018年10月19日 08時30分 公開
[今野大一ITmedia]

「人に褒められよう」は間違い 武市さんが語る「働く意味」

 陽殖園ではかつて花の苗の通信販売などもしていたが、武市さんが62歳だった2003年から目的を観光に絞った。それまでは「長い下積み生活だった」と語る。開園期間中、武市さんは1日も休まない。「お客さんさえ来ればやるよ」と笑う。77歳になっても、つるはしとスコップ、手押し車を使い、広大な土地を管理している。ツアーで回った道を歩いていると、「かつてここは山だったんだよ。ほとんど手作業で作ったんだ」と教えてくれた。武市さんは60年以上、そんな地道な作業を来る日も来る日も続けているのだ。

phot 武市さんが作っている案内図。実際の場所に番号が書かれた看板が立っており、図の番号と一致している

 陽殖園はこの10年ほどでメディアにも取り上げられるようになり、ようやく日の目を見ることになった。だが、「それまでの50年間は見向きもされなかった」と武市さんは笑う。誰にも評価されず、それでも一生をかけて仕事を完遂する――。こんな生き方を続けてきた武市さんに「働くこととはどういうことなのか」と尋ねると、こう教えてくれた。

 「ちょこちょこやって、すぐ人に褒められようって発想をする人が多いかもしれないね。でも何十年とやって形になって初めて、それを見た人は『凄いなあ』と思う。仕事は他人が見て価値を決めるものだから、第三者から良いなあと思われるようにならないとダメだなあ。それまで自分を見失わないようにできるかどうかも大事だ」

phot 雪解け水を使い作った「小島池(こじまいけ)」

働いた以上に欲しがる人ばかりだと「ギスギスした世の中」になる

 「今は、自分の働いた以上に欲しがる人が多いかもしれないね。例えば1しか働いていないのに10もうけたということは、自分が働いた以外の、他のものをかき集めているということ。そういうことが増えてくればギスギスした世の中になるだろうね。自分がやっていることによって、周りが潤うような世の中にしていかなきゃ楽しくないだろう」

 陽殖園に多くの観光客が来園するようになっても、武市さんのもうけは微々たるものである。なぜなら来園客から武市さんがもらうのは入園料の1000円、ガイドをする日曜日でもたった2000円だけなのだ。しかし武市さんは「それで町にお金が入るからいいんだ」とほほ笑む。陽殖園の近くにある「童話村たきのうえホテル渓谷」の宿泊料は1人1万円前後だ。東京の羽田空港からオホーツク紋別空港までの航空券代は片道5万円前後と高い。そのほかにお土産も買うだろう。武市さんにしてみれば「回りまわって地域に還元できる」というわけだ。

 武市さんは「俺は1000円しかもらえないけど、これも幸せかな。それだけ周りに奉仕していることになるからね。自分だけ丸抱えをしているのは良くないよ。回りまわって自分の喜びになる」と穏やかな表情で語ってくれた。

 観光は生活に不可欠なものではない。ある程度暮らしに余裕のある人が「心の食糧」を求めて来るものだと武市さんは言う。「うちに来る人も何かモノを持って帰るわけではないよね。でももう1回あそこに行きたい、と思って来ている。心の栄養が欲しくて来るんだよ」(武市さん)。

 滝上町役場 商工観光課の伴久(ばん ひさし)商工観光係長は、武市さんが町の観光に貢献する意義を語る。

 「陽殖園が知る人ぞ知る庭としてすっかり全国区になり、各地から多くの花好きの方々にお越しいただいております。陽殖園は今となっては、滝上町の観光振興になくてはならない存在となりました。武市さんの庭造りはまだまだ続いていきますので、これからも協力し合い多くのお客様をお迎えしたいと考えています」

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