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» 2019年04月18日 05時00分 公開

今読まれるべき「大和のこころ」:令和の典拠『万葉集』 中西進が語る「魅力の深層」【前編】 (5/5)

[中西進,ITmedia]
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天平の使人の旅

 一方、これと対照的なのが天平の使人の旅だ。寄り道して英気を養うゆとりもない。いかにも頼りなく、海岸にへばりつくように、しかも難渋しながらおそるおそる進んでいく旅程。節刀(せっつとう)を賜った大使とはいっても下級官僚を主体とする少人数の一行である。佐婆(さば)の海での漂流が暗示するように、少しでも沖に出れば翻弄に委ねるしかない弱小船の旅であった。

 国家として戦をいどむという戦闘集団でもない。放還されるだろうことを十中八九の予想としてもつ、決死の使者たちである。

 歌はこれらを十二分に反映して絶望と悲観と嫌悪にみち、絶え間ない望郷の情にさいなまれている。ほんの少しでもよりすがるものがあれば、それを頼りとして無事を祈る。

 ただこの厭世気分を、天平使人だけのものと見てはいけない。斉明朝の征戦の折にだって、下級官人の中には厭世気分があったはずである。逆に、天平使人の中でも、大使の心境には複雑なものがあったにちがいない。

 それが、国家事業にたずさわる人々の常態である。指導者の蔭にある民衆の心と、民衆の上にある責任者の情とは、常に表裏して存在したはずである。万葉の歌は何よりも人間の心を歌う。二種の航行歌は、そんな補完的な心情をわれわれに教えてくれるようである。

著者プロフィール

中西 進(なかにし すすむ)

1929年東京都生まれ。一般社団法人日本学基金理事長、富山県立高志の国文学館館長、国際日本文化研究センター名誉教授。文学博士、文化功労者、2013年文化勲章。日本文化、精神史の研究・評論活動で知られる。深い学識をもとにした万葉集研究は、「中西万葉学」と呼ばれる。日本学士院賞、菊池寛賞、大仏次郎賞、読売文学賞、和辻哲郎文化賞ほか受賞多数。

 著書に『万葉を旅する (ウェッジ選書17) 』 、『情に生きる日本人』『日本人の忘れもの〈1〉 (ウェッジ文庫) 』『日本人の忘れもの〈2〉 (ウェッジ文庫) 』『日本人の忘れもの〈3〉 (ウェッジ文庫) 』『中西進と読む「東海道中膝栗毛」』『国家を築いたしなやかな日本知』『中西進と歩く万葉の大和路 (ウェッジ選書)』『日本人 意志の力』(以上、ウェッジ)『美しい日本語の風景(淡交社)』など多数。


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