弱点を武器にする――。「孫子の兵法」に出て来そうな魅力的な発想だが、実践は難しい。例えば、スタッフのやる気がないといった「弱点」は武器にしようがないだろう。
愛知県蒲郡市にある「ショボい水族館」である竹島水族館の場合、2006年には年間入館者が12万人まで低迷して廃館まで検討されていたが、現在の館長である小林龍二さんが孤軍奮闘。その後は、意欲的な若手スタッフが続々と入社して力を合わせ、立て直しに成功した。休日には行列ができるほどの人気施設となり、16年には60年間の歴史で初めての30万人突破を記録。リニューアル工事を終えた19年の入館者数は43万人に達する見込みだ。
本連載ではスタッフたちの創意工夫と努力の詳細をレポートしてきた。まとめとして、大局観を持つ水族館界の第一人者にインタビューしたい。日本で唯一の「水族館プロデューサー」である中村元さんだ。小林さんが師と仰ぐ人物であり、サンシャイン水族館(東京・池袋)など数々の水族館を「弱点を進化の武器にする」手法で再建してきた実績を持つ。
全国の水族館を視察している中村さんだが、弟子の小林さんが率いる竹島水族館にはとりわけ愛着があるようだ。最新刊の『全館訪問取材 中村元の全国水族館ガイド 125』(講談社)では、「トンガって抱腹絶倒大人気ランキング」というコラムをわざわざ設けて、竹島水族館を1位だと評している。
竹島水族館はなぜ成功することができたのか。弱点を武器にするという手法は、水族館だけでなく個人にも可能なのか。中村さんがリニューアルを手掛けたサンシャイン水族館で話を聞いた。
――初めて竹島水族館を視察したときの印象から教えてください。
弱点そのものの水族館、ですね。建物が古くて小さい、リニューアルする予算もない。ダメな三拍子が揃(そろ)っているのです。
水族館は建物もお客さんに見せるためのコンテンツです。新しいもののほうが良いに決まっています。
SF映画に例えてみます。2000年以降に建てられた大型の水族館を『スターウォーズ』シリーズの最新作だとしたら、1956年の開館時から基本的に変わっていない竹島水族館は昭和のモノクロ映画『ゴジラ』です。今の感覚で見ると、空を飛んでいるはずの飛行機に糸が付いているのが分かったりします。非常にショボい。
建物だけでなく、水槽も古くて小さい。いわゆる「汽車窓水槽」を今でも使っています。あの小さな水槽では速く泳ぐ魚は入れられません。大型の水槽が設置できない場合、魚がぐるぐる回って泳ぐドーナッツ型の水槽を置くのが定番ですが、竹島水族館はそれすらないのです。
――まさに弱点だらけですね。竹島水族館はそれをどのように武器に変えたのでしょうか。
弱点を武器に変える方法は2つあります。でも、竹島水族館の場合はどちらも当てはまりません。建物が古くて小さくてお金もないというのは生かせない弱点ですから。正直言って、「何をやってもダメだろうな」と思っていました。
――全否定ですね(笑)。竹島水族館の話は少し置いて、人気が低迷している水族館が弱点を武器に変える2つの方法を教えてください。
1つ目は、弱点をそのまま使う方法です。例えば、このサンシャイン水族館はビルの屋上にあります。つまり、屋根がありません。夏は暑いし、冬は寒い。雨が降ったら濡(ぬ)れてしまいます。明らかに弱点です。
水族館というのは海もしくは川の近くにあるのが普通なのです。海辺に遊びに行って、水中の景色も見たくなって立ち寄る。ところが、サンシャイン水族館は東京の池袋という大都会にあります。これも大きな弱点ですね。
一方で、池袋には若くてオシャレな若い女性がたくさんいます。海は遠いし、日焼けもしたくないという人もいるでしょう。近くのオフィスビルで働くOLさんたちの一部でも呼び込むことができれば大成功します。
そこで私は「天空のオアシス」というキャッチコピーを考えました。水族館のある屋上をカッコ良く緑化するのです。日光と雨水がふんだんにあるので植物を育てやすく、自然の少ない都会の中に緑豊かなオアシスがあるというイメージを作ることができます。そこに水槽があれば女性の大好きな「潤い」たっぷりのオアシスです。郊外にある屋内の水族館ではこの真似(まね)はできません。弱点をそのまま武器にしたケースと言えるでしょう。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
Special
PR注目記事ランキング