――なるほど、【1冊のノート】が栗原さんを救ったわけですね。
そうなんです。例えば地方に住んでいる社長には、東京への出張タイミングで出演してもらえば、新幹線代も宿泊代も払わなくて済みます。また社長は大変忙しいので、長時間拘束する番組には出演してもらえません。それを解決するために、出演する社長は“5人のレギュラー体制”で予定していましたが、その計画もやめたんです。AKB48(当時はありませんでしたが)のように出演する社長のメンバーを増やして、それぞれ時間があるときだけ参加してもらうシステムに変更しました。
このように相手にとっての「デメリット」と「メリット」をすべて書き出し、相手の立場に立って1つ1つクリアしていくことで、どんな難題も克服できました。ポイントは、交渉相手と自分との間にどんな「共通点」があるかを【準備ノート】から導き出すことです。それが、【交渉の糸口】になるからです。
――確かに実際にノートに書いてみると、見えてくることはたくさんありますね。
この『すごい準備』を実践して、もしかしたら大損する可能性もある“前代未聞の投資番組”でしたが、出演してくれる社長が次々と決まりました。余談ですが、出演をOKしてくれた社長たちは皆、僕が「実は、ノーギャラなんです……」と伝えると、「ギャラなんか、いりませんよ。深夜番組だから、お金ないんでしょ。スズメの涙みたいなギャラをもらっても仕方ないです。いつも帝国ホテルに泊まっているので、自分で払うから大丈夫ですよ」と笑っていました。
番組に出演してくれた社長のほとんどは、一度どん底に落ちた経験のある方ばかりでした。過去に自分も投資してもらったおかげで成功した人とか、資金繰りで苦しくなったときに、出資してもらって復活した社長です。そういう社長が発する言葉には説得力があるし、経験談が面白いんですよ。失敗経験があるから、志願者のプレゼンに対して、「それをやると、失敗するよ。自分も同じことをやって失敗したから」という風に、実体験に基づいて話すので納得感があるんですよ。もし成功体験しかない社長だと、単なる自慢話になってしまい、面白くならなかったと思います。
――“虎”のなかでも、「この人は特にすごい!」と思った社長はどなたですか?
ソフトオンデマンドの高橋がなり社長ですね。当時、アダルトビデオがすごい儲(もう)かっていて、番組で一番投資してくれました。しかも、投資を決める基準が独特なんです。
がなりさんはテレビ制作会社出身のアイデアマンで、大ブームになったタレントショップの仕掛人でもあり、その後、ものすごく失敗した経験も持っていました。でも、テレビ局的には「アダルトビデオ会社の社長が、テレビに出るのはマズいのでは?」という意見も出て、上層部から呼び出され「ちゃんとした会社なのか? 本当に大丈夫なのか?」と事情聴取をされました……(苦笑)。でも僕は、きちんと事前調査していたんです。ソフトオンデマンドは、なんと中野区で2番目に多く税金を納めている優良企業だったんですよ。この事実を知ることができたのも、社内を説得するための【準備】が功を奏したからです。
こうして“虎”が勢ぞろいし、番組がスタートしました。「僕は本当に運がよかった」と感じています。『¥マネーの虎』には25人以上の社長が出演してくれたんですが、今思うと放送1回目に“ベストな布陣”(最強の5人)がそろっていたんです。通常、テレビ番組というのは放送していくなかで改良を重ねていき、ベストに近づけて行くものなんです。
でも『¥マネーの虎』は初回放送を迎えるまでに徹底的に『すごい準備』をして、全国を東奔西走したからこそ、非常に完成度の高い番組としてスタートしました。初回と最終回で、まったく番組の内容も構成も変わっていないのは、正直、すごいことです。だから、今でも世界中で番組が愛され、放送され続けているのだと思います。
以上が栗原さんへのインタビュー内容だ。伝説の人気番組も、実はたった【1冊のノート】によって徹底的に準備することで、「問題解決の糸口」を探っていった事実は示唆に富んでいる。栗原さんが勧める【準備ノート】や「RPDサイクル」は、決して番組制作のためだけのノウハウではない。すべての業界で、仕事を成功に導くための「最強のツール」だ。
自分の思いや考えが相手に伝わらなかったり、交渉事を控えているビジネスパーソンには、その打開のヒントが見つけられるはずだ。【準備】とはほとんどの場合、面倒なもので、できればやりたくないものと思っていたが、栗原さんは「準備を制する者は、人生を制す」と言い切る。仕事に悩む方々は、ぜひ面倒くさがらずに実践してみてはいかがだろうか。(一部、敬称略)
森永康平(もりなが こうへい)
株式会社マネネCEO / 経済アナリスト。証券会社や運用会社にてアナリスト、ストラテジストとして日本の中小型株式や新興国経済のリサーチ業務に従事。
現在は複数のベンチャー企業のCFOや監査役も兼任している。
著書に『親子ゼニ問答』(角川新書)。日本証券アナリスト協会検定会員。Twitterは@KoheiMorinaga。
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