「これは、マズイな……」
PCの画面に目を向けている管理部長の顔から、どんどん血の気が引いていく。反対に、私のすぐ隣にいる社長は、頬から耳にまで血がのぼり、赤らめている。管理部の部屋に怒号が響き渡るかと思った。しかし社長は両手で頬をぴしゃりぴしゃりとたたきながら出ていった。気持ちを落ち着けるためだろう。
私と管理部長は、長い溜息をついた。「やっぱり、過少申告していましたね」と私が言うと、管理部長も無言でうなずいた。私は、こうした残業時間の過少申告を「粉飾残業」と呼んでいる。
2019年4月から働き方改革関連法が施行され、最大の目玉ともいえる「残業上限規制」の新ルール適用がスタートした(大企業のみ対象。中小企業は20年4月から)。最大の特徴は、違反すれば罰則(事業主に30万円以下の罰金または6カ月以下の懲役が科せられる可能性)が付いてくることだ。これまでは、違反しても行政指導のみだった。
このような「厳罰化」がなされたのにもかかわらず、危機感が現場には浸透していないように思う。
粉飾残業のタレコミがあったのは、数カ月前のことだ。「飲み会の帰りにオフィスへ寄ったら、情シスのメンバーが10人ほど残って仕事をしていた。午後10時を過ぎていた」というようなことを、若手営業社員が社長に話したのだ。それを聞いた社長は、すぐさま私に連絡をしてきた。
「情シスの連中って、たしか残業30時間内におさまってましたよね」
「残業時間を粉飾しているかもしれません。任せてください」
私は部下に連絡を入れ、別の日にオフィスを訪ねさせた。時刻は午後9時ごろ。すると、その日も7人ほどが残って仕事をしていたという。昼間にしか現れない外部のコンサルタントが、突然、午後9時過ぎに現れた。オフィスにいた人たちは不思議に思ったようだが、普通にあいさつをするだけで、かまわず仕事を続けたという。
翌日、私と社長が管理本部へ足を踏み入れ、管理部長のPCから、夜遅くまで残っていた人たちを特定し、勤怠データをチェックした。すると、昨夜の残業時間は、なんと全員がほぼ「ゼロ」。それどころか、ここ2週間ずっと、ほとんど残業ゼロになっていたことが判明した。
オフィスに残っていたにもかかわらず、残業時間を勤怠管理システムに入力せず、虚偽のデータを入力し、報告していた――。すなわち「粉飾残業」である。
管理部長が真っ青になったのも、理解できる。これまで私たちに、従業員の時間外労働は法定時間内におさまっていると、ずっと報告してきたのが、管理部長本人だったからだ。
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