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» 2020年02月14日 07時00分 公開

河合薫の「社会を蝕む“ジジイの壁”」:コンビニが「命を削る現場」に 25年前に指摘された“やりがい搾取”の危険性 (2/5)

[河合薫,ITmedia]

 「行政が行っていたサービスをコンビニが対価を得ずに肩代わりしている。公衆トイレのかわり、喫煙所のかわり、ごみ捨て場のかわり、派出所のかわり(高齢者・子どもの保護、女性の駆け込み、振り込め詐欺の防止、道案内)、市役所のかわり(住民票の発行)、消防のかわり(防災拠点)をコンビニがしていて、そのコストを加盟店は負担しているが、本部もだれも何も負担していないのではないか。トイレを取ってみても、トイレ掃除の人手(1日に7回ほど掃除する)、トイレットペーパー、清掃の洗剤など全て加盟店の負担である。行政もサービスのコストをある程度は負担する必要があると思う」

 コンビニはもはや単なる小売店ではないのです。「行政が行っていたサービスをコンビニが対価を得ずにしている」にもかかわらず、報じられるのは「24時間をやめるか? 続けるか?」という表面的なことばかりです。

 本部はコンビニに付加価値をつけることで存在価値を高めてきました。そのやり方を批判するつもりはありません。でも、その対価を払ってきたのでしょうか? 全て現場に「ひとつよろしく!」と押し付け、二言目には「オーナーさんのためにならない」と言い放った。

 その結果、現場の人たちが命を削って働いている――。それが今のコンビニ問題の本質です。

命を置き去りにした「24時間営業」議論

 実際、「コンビニオーナーの死亡率は官僚の6倍」「コンビニオーナーが病気になるリスクは官僚の9倍以上」という説(資料から分析)や、コンビニオーナーの突然死(過労死)はさまざまなメディアでも取り上げられてきました。

 しかしながら、過労死や過労自殺を定量的に捉えるのは極めて困難です。民間企業であれば、過労死が1件でも公表されれば、社会的な制裁を受け、労働環境の改善が求められますが、コンビニオーナーは労働者ではないため、仕事が原因であるかどうかを特定するのは無理。自己責任扱いされる可能性が極めて高いのです。

 つまり、誰もがコンビニオーナーの労働環境の厳しさを感覚的には分かっていても、その労働環境を作っている本部のダメージはほぼゼロに等しい。今、この時間にも、身を削って働いているオーナーさんがいるかもしれないのに、それを救う手だてがないままに「24時間営業の是非」が問われている。

 ファミリーマートなどが時短営業の実験結果などを公表していますが、そこで捉えているのは「営業利益」です。捉えるべきはオーナーの労働時間であり、睡眠時間であり、心身の健康度の変化なのに、人の命が置き去りにされているという、嘆かわしいリアルが存在するのです。

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