熱いプレゼンに涙──社内起業家をクラファンで創出、ロート製薬に見た“社員の起爆力”背景に創業122年の教え(3/3 ページ)

» 2021年06月25日 08時00分 公開
[西田めぐみITmedia]
前のページへ 1|2|3       

会長室のないオフィスとあだ名文化

 ではなぜ、市橋さんは明日ニハを企画するに至ったのだろうか。そこには、ロート製薬の独特な社風が関係している。

 例えば、ロート製薬には社長室、会長室がない。部署ごとにエリアは分かれているものの、仕切りのない広いオフィスでは、一般社員、役員、そして社長と会長が同じように席を並べ、気軽に声をかけ合いながら仕事に励む。互いの呼び名は「ロートネーム」(あだ名)。フロアでは、代表取締役会長である山田邦雄氏が「最近、どうや?」と社員に話しかけ、雑談に花が咲く光景も日常茶飯事だ。

 「もちろん、上下関係はありますが、だからといってそこを大きく意識することはありません。縦の関係に縛られることなく、個々を生かしてこそ組織が成り立ち、世の中に貢献できる。そんなトップの思いのもと、『私たち自身がいかに“やりたい”を実現していくか』に重きを置いています」。そう話すのは、広報・CSV推進部の柴田春奈さんだ。

ALT 広報を担当する柴田春奈さん。自身も社内ダブルジョブを利用して、他部署の業務を担当しているという

 “やりたい”を実現するため、14年8月には人事制度改定プロジェクト「ARK」(アーク)がスタートした。「ARKでは、その時々の経営課題に対して、それを解決できる・したいと考えるメンバーを部署横断で募集します。発足年は課題『働き方改革』をもとに、“興す”気概と行動力を持つ社員をいかに育てるか――を議論しました。より倍速で成長するために、社内外で経験値を積むような働き方ができないか、という結論に至り、16年に『社外チャレンジワーク』(副業)と『社内ダブルジョブ』(部署兼務)が生まれています」(柴田さん)

 実は、明日ニハのリーダー市橋さんは、社外チャレンジワークを利用し、クラフトビールの醸造所を立ち上げている。社外チャレンジワークは、「土・日・祝日と就業後であればほかで業務を行ってもかまわない」という副業制度だ。

 市橋さんが運営する「ゴールデンラビットビール」は、17年インターナショナルビアカップ銅賞、18年大阪府知事賞、市長賞のW受賞獲得という快挙を達成。もちろん、ロート製薬社員として“二足のわらじ”を履いた状態である。その原動力は何だったのか? それは、明日ニハにもつながるような「面白い」と感じる“想い”だという。

photo 市橋さんが運営するゴールデンラビットビール

 「僕がオーナーとして、仕込みから接客まで行います。平日の日中はロート製薬社員として働いて、夜や土日は醸成所へ。確かに多忙ですね。でも、面白い」市橋さんは、自身の活動を説明しながら、こう続ける。

 「0→1を創造できる人間は会社にはマストで必要である、でもロート製薬にはまだ足りない――社外チャレンジワークで活動する中で、あらためてそう感じました。新規事業を起こすにしても、事業領域を広げるにしても、そこに生じる苦労ややりがいを経験している人間がいるほど、熱量が上がり、推進スピードも早まります。

 何より、社風のおかげなのかロート製薬には一芸持っている人がたくさんいるんです。そういう人にスポットを当てて、会社のミッション、ビジョンにつながるような“やりたい”を発掘し、後押しすることで、個も企業も成長できる。夢中になれる人のパワーってめっちゃ大きいんですよ。だって『好き』を仕事にしているんですから」

明日ニハ、社員の財産・会社の財産を生み出す鉱脈へ

 明日ニハの効果は、この先さまざまな面で期待ができる。設立した新会社が軌道に乗ればロート製薬として一つ成果になるし、もしならなくても「人材育成の面で見た影響は大きい」と市橋さんは言う。

 「明日ニハ経由で立ち上げた事業がうまくいかないことも、当然あると思います。しかし、“社内起業家”として事業を成功させるためには、社内外問わず多くの人と出会って物事を進めていく必要があります。営業、法務、会計、知的財産権について勉強しなければならないかもしれない。そこから学べることはあり余るほどです。成功失敗に関係なく、その経験は明日ニストの財産になり、そうして成長した社員こそがロート製薬の財産です」

 悩んだり苦しんだりしながらも新しいチャレンジを日々繰り返し、新規事業を育てる明日ニストたちから聞こえてくるのは、「今やっている仕事の見方が変わりました」というポジティブな意見ばかり。そんな姿がまた、周囲にも良い刺激になっているというのだから、明日ニハが生み出すシナジーは計り知れない。

社員に刻み込まれたロート製薬DNA

photo ロート製薬「7つの宣誓」(出所:ロート製薬Webサイト)

 ロート製薬には、「7つの宣誓」があるという。その中にある「明るく、楽しく、和協努力」「まず人がいて、輝いてこそ企業が生きる」とは、まさに明日ニハの企画趣旨とぴったり合致しており、ロート製薬DNAの影響力をあらためて感じさせる言葉だ。

 今、第二期の審査の真っ最中だという明日ニハ。1899年に大阪で創業し、今年で122歳になるロート製薬の教えが、この先どんな明日ニストを育て、どんな社会を創り出すのか。楽しみに待ちたい。

前のページへ 1|2|3       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.