「中田翔システム」は企業の知恵なのか 問題社員は「新天地」に飛ばしてリセットスピン経済の歩き方(4/6 ページ)

» 2021年08月24日 09時51分 公開
[窪田順生ITmedia]

厳しい処分を望まない被害者

 しかし、だからと言って、「人間的に難ありでも結果を出す人間」がトラブルを起こすたびに厳正に処分を下すのも避けたい。ヘソを曲げて結果を出さなくなったり、ライバル会社へ転職したりする。組織として、最も理想的な落としどころは「ウヤムヤにする」だ。被害者のほうが失望して会社を去ったり、泣き寝入りをしてくれることだ。

 そして、この「トラブルをウヤムヤにする」ことに関して、海外の企業より頭ひとつ飛び抜けているのが、日本企業なのだ。

 例えば、エン・ジャパンが転職サイトを利用している35歳以上のユーザー2911人を対象に調査をしたところ、パワハラを受けたことがあると回答したのは、8割にも及んでいるが、その中で、「人事やハラスメント対応窓口などに相談した」(19%)、「労働基準監督署など公的機関に相談した」(9%)など問題を公にしたという回答より、「退職した」(35%)、「気にしないようにした」(33%)などのほうが多かった。

パワハラを受けたことがある人は8割(出典:エン・ジャパン)
「パワハラを受けたことがある」という人の対処法(出典:エン・ジャパン)

 では、なぜ日本の被害者は公にしないのかというと、中田翔システムが発動するからだ。

 ご存じのように、日本企業には「定期異動」という独自のシステムがある。セクハラやパワハラなど問題を起こした「人間的に難ありでも結果を出す人間」に厳しい処分を下すことなく、異動や転勤を言い訳に被害者と物理的に引き離して、問題をウヤムヤにすることができるのだ。

 これは定期移動がない国では難しい。本人の意志と関係なく、会社側が一方的に勤務地や仕事内容を変えるのは、ジョブ型雇用で働く人たちにとって受け入れ難い屈辱的な仕打ちだ。だから、異動を命じられたファフラーさんは会社を辞めて、ブログで公開という「報復」に出たのだ。

 この「異動・転勤で問題をウヤムヤにする」システムが、組織にとってありがたいことは言うまでもないが、「人間的に難ありでも結果を出す人間」にとっても「得」なことは言うまでもない。20年以上同じ組織で働いている方ならば分かると思うが、人間はそう簡単に変わらない。パワハラ上司は研修を受けても、どこかで本性が出る。つまり、同じようなトラブルを繰り返すのだ。しかし、異動・転勤によって定期的にそれがリセットされるので、組織人としてのキャリアに大きな傷がつかないのだ。

 また、意外に思われるかもしれないが、被害者にとっても悪くない。例えば、もし今回、中田選手が日ハムで無期限謹慎を続けていたらどうか。チーム内では「厳しすぎる」など擁護(ようご)論も出てくる、中田選手のホームランを楽しみにしているファンの不満も募る。「お前が騒いだおかげで中田の野球人生にミソがついた」などと、被害者がバッシングを受ける恐れもある。実際、日本企業ではこれまでもセクハラやパワハラを告発した側が「余計なことを言いやがって」と組織からいびり抜かれるケースが圧倒的に多いのだ。

 このような事態を恐れて、加害者に厳しい処分を望まない被害者も実は多い。そのような人たちを多少なりとも納得させるのが、加害者の異動・転勤なのだ。

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