「無能ハゲのくせに」 パワハラ被害者が、加害者をネットで中傷 処分はどうなる?法律事務所ZeLoに聞く!ハラスメントQ&A(2/2 ページ)

» 2021年10月29日 07時00分 公開
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個人SNSでの投稿は、処分の対象となるのか

 近年は従業員が個人のSNSアカウントで不適切な発言をした際、会社が当該従業員に対する処分について対外的に公表する事例も見られます。

 連載第3回でお話ししましたが、業務時間外に従業員個人のSNSアカウントに投稿することは、従業員の私生活上の行為なので、原則として会社の懲戒処分の対象とはなりません。例外的に、処分の対象となる行為が会社の事業に関連するものであったり、会社の名誉や信用を損なうものであったりするときなどに懲戒処分が可能となります。

 今回の事例でSNSに投稿した従業員が特定され、勤務先の会社も特定された場合、課長によるパワハラも含めて「会社は従業員を適切に管理できていない」「パワハラが蔓延(まんえん)する会社」など、インターネット上で批判にさらされるかもしれません。

 批判が拡散された結果、消費者が会社の商品の購入を差し控えたり、求人への応募者が減ったりする可能性もあります。また、投稿の大部分は社内でのトラブルとも考えられますので、全く会社の業務に関係ないともいえません。

 従って、従業員の私生活上の行為であるものの、投稿の内容が会社の業務に関連するという観点からは、懲戒処分の対象となる余地があると思われます。

今回の投稿は誹謗中傷にあたる?

 SNS上の投稿について処分する場合には、投稿内容が従業員としての違法行為の通報(公益通報)や、正当な表現の範囲を逸脱し、誹謗中傷に該当するものであるかについても判断する必要があります。

 今回の事例では、パワハラの告発という公益通報的な側面がありますが、表現内容としては上司に対する誹謗中傷として認めて良いように思われます。

 ただし上述の通り、行為の内容に対して重すぎる処分は無効となる場合もあります。今回の投稿は、課長のパワハラが発端となった部分もありますので、懲戒解雇などの重い処分は相当性を欠き、無効とされる可能性があります。従業員の話を聴き、削除要請に応じるかどうかや、反省の度合いなども考慮して処分・対応を検討しましょう。

 従業員のSNS利用については、SNSへの軽率な投稿が会社や従業員自身に与える影響や重大性について、理解してもらう取り組みを行うとよいでしょう。具体的な対策としては、SNS利用ガイドラインを作成したり、研修を実施したりすることが考えられます。会社と従業員がSNS利用について正しい知識を持ち、適切な運用を行うのが大切です。

 ハラスメントについては、従業員が一人で抱え込み、不適切な方法でストレスを発散するといったケースが起こらないよう、ハラスメント相談窓口や内部通報窓口を設置し、会社の体制を整備しておきましょう。

SNSで誹謗中傷されたことにより、課長の処分を軽くするべきか?

 最後に、課長が誹謗中傷の被害者であることを配慮して、課長のパワハラに対する処分を軽くするべきかについて考えます。

 上述のとおり、パワハラに対する懲戒処分を検討する際には、さまざまな個別事情を考慮して行うことが必要です。ここでいう個別事情とは、あくまでパワハラに至る経緯や行為時の状況、その後の本人の反省などを考慮すべきというものであって、行為後の本人のコントロールが及ばない事情については基本的に考慮すべきでないと思われます。

 今回の事例で言えば、行為時に直接誹謗中傷されていたり、売り言葉に買い言葉のけんかであったりする場合は、パワハラに至る経緯や行為態様の一事情として考慮することもあり得ます。しかし今回のSNSでの誹謗中傷を考慮して課長の処分を軽くするのは、合理的ではないと考えます。

2022年4月から中小企業にもパワハラ対策が義務化

 2022年4月から、これまで中小企業には適用が猶予されていたパワハラ対策が義務化されます(労働施策総合推進法30条の2第1項)。会社は、パワハラについて、従業員からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければなりません。

 厚生労働省の指針では、パワハラに関して会社が講ずべき措置の一つに、就業規則などに懲戒規定を定め、パワハラを行った従業員には厳正な対処をすることを挙げています。そうしないと、「パワハラをしても特にペナルティーがない」と従業員が認識し、パワハラ防止の実効性が低くなり、パワハラが発生しやすい組織になってしまうおそれがあります。

 会社としては、あくまでもパワハラはパワハラとして処分し、SNSでの誹謗中傷については、別の問題として対処するのがよいでしょう。

味香直希弁護士(法律事務所ZeLo・外国法共同事業)

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2010年京都大学法学部卒業、2012年京都大学法科大学院修了。2013年弁護士登録(第二東京弁護士会所属)、はばたき綜合法律事務所入所。2017年法律事務所ZeLoに参画。 2018年2月〜2020年1月金融庁証券取引等監視委員会出向。

弁護士としての主な取扱分野は、人事労務、ジェネラル・コーポレート、危機管理・コンプライアンス、倒産など。就業規則の策定等、企業の労務環境整備に多数関与するとともに、労働審判・団体交渉等、紛争対応にも従事。

高井正巳(法律事務所ZeLo・外国法共同事業)

2013年東北大学文学部卒業。同年、裁判所入所。スタートアップ企業の人事・総務部などを経て、2019年9月法律事務所ZeLoに参画。人事・労務分野のリサーチなどを中心に業務を行っており、日常的な労務相談やIPO支援、人事・労務に関する記事執筆などのサポートに取り組んでいる。

法律事務所ZeLo・外国法共同事業

2017年3月に設立された、企業法務専門の法律事務所。「From Zero to Legal Innovation」を掲げ、スタートアップから中小・上場企業まで、企業法務の幅広い領域でリーガルサービスを提供している。AIによる契約書レビュー支援ソフトウェアなどを開発する株式会社LegalForceと共に創業されており、リーガルテックやITツールを積極的に業務に取り入れ、企業の経営と事業の成長をサポートする。2020年に設立したZeLo FAS株式会社と連携し、M&Aやファイナンスなどにも強みを有する。

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