「企業が正社員を非正規に置き換えている」は本当なのか?非正規は行き止まりか(2/2 ページ)

» 2022年04月12日 07時00分 公開
[神田靖美ITmedia]
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非正規が皆「不本意」なわけではない

 非正規社員が皆、正社員になりたいのになれなくて、不承不承働いているわけではありません。総務省統計局の「労働力調査(詳細集計)」によると、「非正規の職員・従業員」のうち、「正規の職員・従業員の仕事がないから」非正規でいる人、いわゆる「不本意非正規」の割合は10.2%です(図4)。就業者全体に占める不本意非正規の割合は3.2%です。

 そして厚生労働省の「令和元年就業形態の多様化に関する総合実態調査の概況」によると、「正社員以外の労働者」のうち72.8%が「今後も会社で働きたい」と答えています。この結果をみても、不本意非正規は少数派であることが分かります。

photo 図4:非正規の職員・従業員についた主な理由別の内訳(21年10〜12月期平均)=総務省統計局「労働力調査」から筆者作成

非正規は必ずしも悪い仕事ではない

 正社員と非正規の賃金を単純に比べると、確かに非正規のそれは低いです。しかし非正社員は正社員に比べて、なりやすいことも事実です。

 正社員にはまず、大卒者しか採用しない会社があります。募集や採用における年齢制限は、雇用対策法で一応禁止されてはいますが、抜け道だらけであり、事実上の年齢制限は横行しています。これらハードルは、非正規雇用の募集にはほとんどありません。加えて、非正規は総じて勤続年数が短いです。

 青山学院大学の安井健吾教授らが16年に行った研究によると、学歴、年齢、勤続年数、職種などの属性をコントロールすると、正社員と有期雇用労働者の賃金格差は、男性で8.4%、女性で3.9%だそうです(※)。女性は統計的に有意な(偶然とはいえない)差ではありません。もちろん、仕事が多少きつくても、高い賃金が欲しいという人はいるでしょうが、仕事につくためのハードルの低さや仕事の軽易さを考慮すると、非正規は必ずしも割に合わない仕事ではありません。

(※)安井健吾、佐野晋平、久米功一、鶴光太郎『正社員と有期雇用労働者の賃金格差』(2016年、独立行政法人経済産業研究所)

photo 写真はイメージです(提供:ゲッティイメージズ)

非正規は行き止まりか

 いったん非正規社員になってしまったら、正社員にはなれないのでしょうか。慶應義塾大学先導研究センター研究員である四方理人氏の「非正規雇用は『行き止まり』か?」(『日本労働研究雑誌』2011年2・3月号所収、肩書は執筆当時)は次のような諸点を明らかにしています。

  • (1)臨時雇用から常用雇用へ移行した割合は、日本とEU諸国計15か国の中で日本が最下位である。
  • (2)非正規から正規への主な経路は同一企業内である。
  • (3)同一企業内での正規雇用に移行する確率は、女性は男性の5分の1から3分の1程度である。
  • (4)同一企業内での正規雇用への移行は、大企業において低い。
  • (5)非正規雇用での勤続年数が長いほど、正規雇用に移行する確率が低くなる。

 これらのことから、非正規から正社員になるための戦略として、次のようなことがいえます。

  • 非正規で働きながら別の会社での正社員としての働き口を探すのではなく、正社員への転換実績がある会社での、非正規の働き口を探す。
  • 女性はさらに、女性の非正規から正社員への転換実績がある会社を探す。
  • 大企業は諦めて中小企業に的を絞る。
  • 正社員に登用してくれそうもないと感じたら、早めに見切りをつける。
  • 始めから理想の職場に行き着くのは無理と割り切る。不本意な仕事でもまずは正社員になって、そこからキャリアアップを狙う。

 非正規労働者を雇用している企業を非情と見なすような論調が一部にありますが、企業は別に社内で正社員を非正社員に格下げして使っているわけではありません。労働というものは自由意志でするものであり、非正規労働は強制労働ではありません。自営業が成り立ちにくくなってきたなかで非正規という雇用機会を作ってきた企業の行動は、もう少し好意的に評価されても良いのではないでしょうか。

著者紹介:神田靖美

人事評価専門のコンサルティング会社・リザルト株式会社代表取締役。企業に対してパフォーマンスマネジメントやインセンティブなど、さまざまな評価手法の導入と運用をサポート。執筆活動も精力的に展開し、著書に『スリーステップ式だから、成果主義賃金を正しく導入する本』(あさ出版)、『会社の法務・総務・人事のしごと事典』(共著、日本実業出版社)、『賃金事典』(共著、労働調査会)など。Webマガジンや新聞、雑誌に出稿多数。上智大学経済学部卒業、早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了。MBA、日本賃金学会会員、埼玉県職業能力開発協会講師。1961年生まれ。趣味は東南アジア旅行。ホテルも予約せず、ボストンバッグ一つ提げてふらっと出掛ける。

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