クルマはどう進化する? 新車から読み解く業界動向

エンジンオイルの交換サイクルはなぜ延びた? 実は100%の化学合成油が存在しない理由高根英幸 「クルマのミライ」(4/5 ページ)

» 2022年08月09日 07時00分 公開
[高根英幸ITmedia]

ベースオイルにも明確な性能差が存在する

 ベースオイルの性能も当然ながら重要だ。しかし、添加剤のブレンド比率同様、ベースオイル種類や配合はほとんどが企業秘密であり、正確な情報はほとんど公開されていない。それだけに曖昧な表現も多く、ドライバーを惑わせるものとなっている。

 化学合成油が普及し始めた1990年代、100%化学合成油をうたうテレビCMが注目を集めたこともあった。その後、さまざまなオイルブランドがこの100%化学合成を高性能の証のようにアピールするようになっており、オイル業界ではおなじみのフレーズになっている。

 化学合成油にもいろいろ種類があり、その特性も大きく異なるが、ベースオイルの素性も最終的な性能を大きく左右する。これはAPI(米国石油協会)によるエンジンオイル分類が最も明確だ。

 グループIは石油など天然由来のオイルを精製したもので、古くから使われている鉱物油だ。潤滑性能や摺動(しゅうどう)部のクッションとなって滑らかな動きや静粛性を高める能力には優れている。しかし近年の超低粘度オイルを作り出すことはできないため、旧車用に流通している高級オイルしか、クルマ用としては流通していない。

 グループIIは鉱物油を水素化分解することで、より均一な組成へと整えることにより、より安定した性能を発揮するようにしたものだ。これに添加剤を加えることで、より幅広く性能を確保しやすくなった。よって現在流通している鉱物油は、ほとんどがこのグループIIとなっている。

 グループIIIといわれる部分合成油は、グループII同様鉱物油をベースに水素化分解という処理を経たものだが、より高精度に潤滑油として組み立て直したものだ。現在は化学合成油として扱われるが、そのプロセスから言えばグループIV以上の化学合成油とは異なる、高度に精製された鉱物油だ。

 そのため以前は半化学合成などとも呼ばれ、化学合成油と鉱物油をブレンドしたオイルと一緒くたにされて、エンジンオイル業界を混とんとさせていた(今も?)原因の一つにもなっていた。しかしそもそも潤滑性能に優れた鉱物油をベースにしていることからも、その性能は侮れない。添加剤によって粘度レンジを広げたものは、グループIVを上回る性能を発揮することも珍しくないほど、コストパフォーマンスに優れた高性能オイルだ。

エンジンオイルの開発は研究室の中だけでなく、モータースポーツでも鍛えられる。しかし潤滑油のエンジニアによれば、レース用のオイルは最大で24時間しか使われず、使用環境も限定的であるため、開発はそれほど難しくないという。それよりも幅広い使われ方で長期間使い続けられる市販車用のエンジンオイルの方が、はるかに条件的には過酷なのだ

 そしてグループIVに分類されるのが、本来の化学合成油である。PAO(ポリ・アルファ・オレフィン)は、化学合成油の代表的なモノとして幅広い銘柄の高性能オイルに用いられている。

 石油の中でも軽質なナフサを原料に作り出されるPAOは、幅広い粘度のベースオイルを精製できる自由度をもち(といってもそれなりに生産するのは難しいが)、耐久性の高さを武器に添加剤を組み合わせることにより、高性能なエンジンオイルとして利用されているのだ。

 グループVが現時点では最高の性能を誇る化学合成油で、ジェットエンジンの潤滑用に開発されたポリオールエステルなど、エステル系と呼ばれるモノが主となっている。これは植物油由来の化学合成油で、他のエンジンオイルと比べれば潤滑性能や耐久性はケタ違いに優れているが、その見返りとしてコストは跳ね上がる。

 サーキット走行などハードな走りを楽しむユーザー向けの高性能オイルとして利用されてきたが、最近はVWやBMWなどのドイツ車は、このグループVを純正エンジンオイルのベースオイルに採用することで、最長で2年間ものロングライフを実現している。

 1回のオイル交換費用はかなり高額となる(2万円〜)が、車検ごとに交換する程度だと思えばクルマの維持費の中での負担割合は少ない。ただし冒頭に書いたように設計寿命を受け入れてエンジンの消耗を進めてもいいのであれば、だ。

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