原判決と異なり、Xの請求は、BとDに対し共同不法行為に基づき、Yに対して使用者責任に基づいて22万円および遅延損害金の連帯支払いを認める限度で理由があると判断し、その他のXの請求は全て棄却されました。
争点1のうち、Xに対して退職を求める発言については、「本件退職勧奨発言に至る経緯や、本件退職勧奨発言の発言者、発言内容によれば、Yはその幹部職員や人事担当役員が協議した上で、決定事項として、Xに対し、辞職(自主退職)を求めたものと認められる」としました。
その上で、「使用者のする退職勧奨は、その内容および態様が労働者に対し明確かつ執拗(しつよう)に辞職(自主退職)を求めるものであるなど、これに応じるか否かに関する労働者の自由な意思決定を促す行為として許される限度を逸脱し、その自由な意思決定を困難にする場合には、労働者は使用者に対し、不法行為として損害賠償を請求することができる」としました。
具体的には、人事担当役員であるBが反省している、辞めたくないと繰り返し述べていたXに「男ならけじめをつけろ」「他の会社に行け」「退職願いを書け」と述べて繰り返し強く自主退職を迫ったことと上司であるDが同様の発言をしたことについて退職強要発言と認め、共同不法行為に基づく損害賠償責任を負うとしました。一方、その他のCらの発言については、不法行為を構成するとまでは認めませんでした。
「チンピラ」「雑魚」などの侮蔑的表現がパワーハラスメントに該当するかについては、「労働者の職責、上司と労働者との関係、指導の行われた際の具体的状況、当該指導における発言の内容・態様、態度などに照らし、社会通念上許される業務上の指導の範囲を超え、労働者に過重に心理的負担を与えたといえる場合には、当該指導は違法なものとして不法行為に当たると解するのが相当である」としました。
本件ではXに運転士として適格性に疑念を生じさせるような問題行為があったこと、上司の事情聴取に対する対応に真摯(しんし)さを欠き、これを放置すれば同様の苦情案件を引き起こすなどのさらなる問題行動が懸念されていたことなどを認めて、Bらの叱責などの際の発言に厳しいものがあったとしても直ちに社会通念上許容される業務上の指導の範囲を超えたことにはならないとしました。
過小な要求の違法性についても、YがXに対して同人が惹起(じゃっき)した苦情案件について反省を深めて再発防止を図るため、直ちに乗務に復帰させるのではなく、一定期間乗務させないで教育指導を実施することは、業務上の必要に基づく指示命令として、適法に行いうるものであるとしました。Xに対する指示の内容についても、教育指導の目的から逸脱するものとはいえないとしました。
争点2の損害額については、原審から減額して、20万円の慰謝料と2万円の弁護士費用相当額の損害の身を認めました。
問題行動を繰り返す労働者に対して、会社が退職勧奨を行うことや上司が業務指導などの際に厳しい言動や業務指示を行うことが不法行為に該当するか否かの判断が示された事例です。
上司として慎重な対応を行うことは重要ですが、労働者が不利益や厳しさを感じただけで違法と判断されるものではないことが明らかになりました。
木下潮音(きのした・しおね)弁護士
早稲田大学法学部卒業。昭和60年弁護士登録(第37期)。平成4年イリノイ大学カレッジオブロー卒業。LLM取得。平成16年4月〜平成17年3月第一東京弁護士会副会長。第一芙蓉法律事務所
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