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大企業で相次ぐ「インフレ手当」が皮肉にも、貧しいニッポンを象徴しているワケ(2/2 ページ)

» 2022年12月28日 05時00分 公開
[溝上憲文ITmedia]
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 もちろん理由はそれだけではない。

 1つは、生活が苦しくなれば、仕事で十分なパフォーマンスを発揮するのが難くなることだ。「生活費の補填」としてインフレ手当を支給することによって後顧の憂いなく仕事をがんばってほしいという思いもあるだろう。

「生活費の補填」としてのインフレ手当(画像はイメージ、提供:ゲッティイメージズ)

 もう1つの理由は、社員の流出を恐れているからだ。人材紹介業大手のロバート・ウォルターズ・ジャパンの「生活費高騰・インフレ」に関する調査(2022年12月15日)によると、会社員に「インフレ率以上の給与アップがない場合に、転職を検討しますか」という質問に対し、81%が「転職を検討する」と答えている。インフレ分は最低でも賃上げすべきとの会社員の切実さが伝わってくる。

 また、企業に対して「物価の上昇・生活費高騰により、組織での人材確保が難しくなると予想するか」という質問に対し、76%が「はい」と答えている。そして実際に48%の企業が「今後の1年間で、インフレ率を上回る平均給与の引き上げを行う」と答えている。企業自身も社員の離職を恐れ、そのために賃上げせざるを得ない事情があるようだ。

インフレ率・物価の上昇による企業・会社員への影響(ロバート・ウォルターズ・ジャパンのプレスリリースより)

 少子高齢化の進行で労働人口の減少が進行し、人手不足も顕在化している。また、デジタル化やビジネスモデルの変格に伴い、特にIT人材の獲得競争は激しさを増している。給与の高い外資系企業に新卒・中途を問わず流れている実態もある。

 上がらない賃金を引きずってきた日本企業もここにきて初任給の大幅な引き上げや賃上げを表明する企業も徐々に増えてきている。それは人材獲得や流出を防止するための危機感の表れともいえる。

支給方法で変わる経済効果

 ところで、インフレ手当を支給するにしても一時金で支給するのと、毎月の手当では経済効果も違う。

 一時金はボーナスと同じように全額を消費に使うことがなく、貯蓄に回る比率が高いというのがエコノミストの定説だ。毎月決まってもらえる手当の方が個人消費に影響を与える効果が大きい。毎月決まって5000円、1万円をもらえれば高騰する光熱費や生活費必需品の購入に回り、生活が楽になる実感も得やすいだろう。

 ただし「インフレ手当」と銘打っている以上、インフレがある程度収まれば支給打ち切りとなる時限的手当にすぎず、決して恒久的な手当ではない。

 個別の企業の物価上昇への対応は否定しないが、本当に社員のことを考えているのであれば、手当ではなく、基本給を底上げするベースアップで報いることが重要だろう。日本の賃金水準はこの30年間でOECD(経済協力開発機構)諸国の中で下位に転落している。

 インフレ手当の財源を賃上げの原資に振り向けることはもちろん、働く社員へのさらなる人材投資として賃上げを実施し、2023年はいよいよ本格的な賃上げ時代の幕開けとなることを期待したい。

著者プロフィール

溝上憲文(みぞうえ のりふみ)

ジャーナリスト。1958年生まれ。明治大学政治経済学部卒業。月刊誌、週刊誌記者などを経て独立。新聞、雑誌などで経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。『非情の常時リストラ』で日本労働ペンクラブ賞受賞。


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