マーケティング・シンカ論

【前編】新規上場ハルメクの快進撃 「こんなの全然読みたくない」といわれた雑誌が無双するまでハルメク編集長に聞く(1/2 ページ)

» 2023年03月30日 13時00分 公開
[西田めぐみITmedia]

 ハルメクホールディングス(新宿区)が3月23日、東京証券取引所グロース市場に新規上場した。同社は年間定期購読誌「ハルメク」の出版を柱に、Webメディア「ハルメク365」、通販、セレクトショップの運営など幅広いシニア女性向け事業を展開することで知られている。

photo ハルメクホールディングスが東京証券取引所グロース市場に新規上場(出所:プレスリリースより)

 ハルメクの発行部数、定期購読者数は右肩上がりで増えており、22年1〜6月には44.2万部を達成。定期購読者数は22年12月号で50万人を突破している。

 出版不況が続く中で、ハルメクの目覚ましい成長ぶりは広くメディアでも取り上げられているが、その中心人物として知られるのが山岡朝子編集長だ。同誌の快進撃の背景には、徹底したシニアマーケティングによる「インサイトの深掘り」があるといわれている。シニア女性向けというニッチな領域で、かつ定期購読という特殊なプロダクトをどのように成長に導いたのか。山岡さんに話を聞いた。

書店に並ばないハルメクの苦悩 生命線はマーケティング活動

 書店に並ぶことがないハルメクにとって、新聞やテレビCMで打つ広告はその名の通り生命線となる。ネット全盛の今、読者と雑誌のタッチポイントは店舗だけではなくなっているが、それでも書店に平積みされていれば表紙買いをしてもらったり、立ち読みしてから買ってもらったりできる。

 ハルメクはその主戦場に立つことがない上、電話やネットから「注文する」というアクションを取ってもらわなければならない。その行動を促すためにどのような広告を打つか、「マーケティングは非常にウエイトが高い活動」だと山岡さんは話す。

 ハルメクにおける広告は、ブランディングではなく「中身を説明するため」のものであり、編集部とマーケティング部の連携が欠かせない。しかし山岡さんが他社からヘッドハンティングされる形でハルメク編集長に就任した17年当時、双方のコミュニケーションは全くうまく機能していなかった。

 「分かりやすく説明すると、編集部は『広告がうまくないから売れない』、マーケティング部は『中身が面白くないから広告が響かない』と互いに思っている――そのような状況です。読者を置いてきぼりにした意味のないやり合いに思えて、入社当時『もったいない』と感じたことを覚えています」(山岡さん)

 もちろん、マーケティング部は編集部からの情報がなければ広告を作れない。編集部が特集内容をテキストにまとめてマーケティング部がそれを基に広告を制作したり、編集部が朱入れをしたりといった協業は以前からなされていた。しかしそれも、立ち話で終了する程度のものであり「読者に支持されるにはどうすればいいか」といった議論は欠けていた。

データを生かせない誌面作り 編集部とマーケティング部の連携は

photo 山岡朝子さん(ハルメクホールディングス 取締役 ハルメク 執行役員・コンテンツ事業本部長 ハルメク編集部編集長)

 編集部が作るコンテンツにも課題はあった。

 「編集部が考える特集自体が、読者ニーズに基づいていない点に課題を感じました。読者の反応を見てコンテンツをブラッシュアップしていくというよりは、ネタを消費している――要は、毎回初めての特集であることが多いため、マーケティング的にも過去のデータを生かせない状況です」(山岡さん)

 ハルメクは、雑誌を通してコンテンツのファンになってもらうことで事業が回っている。読者が雑誌を読み、「自分にとって必要な情報だ」という気持ちを高めてもらい、カタログ通販、講座やイベントへの申し込みにつなげるというのが主なビジネスモデルになる。

 「ハルメクの部数が伸びないことは、ほかの出版社以上に由々しき事態であり、編集部にとってもマーケティング部にとっても、そのプレッシャーは計り知れません。だからこそ、うまくいかなかったときは“燃えやすかった”ともいえますが、お互いに目指すのは『読者を増やすこと』です。対立するのではなく、力を合わせて目的を達成するため、変えられる部分から少しずつ体制を整えていきました」(山岡さん)

 結果として現在、ハルメクの売上部数は当時と比較し3倍以上に伸長。読者ニーズを捉えた誌面作りや、編集部とマーケティング部が連携し制作する広告効果によって見事、雑誌「冬の時代」といわれる中で一強の地位を確立するに至った。その過程には具体的にどのような改革があったのか。

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