大きく変わったのは誌面作りだ。山岡さんが入社当時「印象的だった」と話すのは、編集会議の風景。活発な議論が交わされ、国際紛争や環境問題を取り上げた特集の企画が次々とホワイトボードに書き込まれていく。しかし、まだ“新人”として端から会議を眺めていた山岡さんには、そこに「読者が何を求めているか」という視点が欠けているように思えた。
「社会問題はもちろん重要です。でもそれをハルメクに求めているのか。定期購読で届く雑誌に読者が求めるのは、今、生活する上で困っていることの解決策なのではと感じました」(山岡さん)
同社は、14年に独自シンクタンク「生きかた上手研究所」を設立している。読者ニーズを調査できる環境にある上、当時からご意見はがきは月に何百枚と返ってきていた。しかし、編集会議にその声は反映されていなかった。
「はがきには目を通していたと思います。だけど“ハルメクらしさ”を熱心に追求した結果、読者が知りたいことと、特集内容に乖離が生まれてしまった印象でした。ハルメクは、社会問題を積極的に扱うなど“人生の一大事”に該当する特集を発信する雑誌であって、それこそ読者にとって有益な情報なんだと、どこか思い込んでいたのかもしれません」(山岡さん)
そこで山岡さんは「なぜ、その企画をやるのか」「誰が知りたいと思っているのか」「その根拠はどこにあるのか」を明確に議論し、企画を立てる場として編集会議を変えていった。「最初は反発意見もあり、かなり紛糾した」というが、どのように説得したのか。山岡さんはそれに対し「説得はしていない」という。
こんなことがあった。ハルメクでは以前から、マーケティング部がAとB、2パターンの新聞広告を制作し、シニア層のモニターを会社に招く。ABを見せて「どちらを読みたいと思うか」レビューをしてもらうためだ。
「そんな面白いことをやっているのかと、興味津々で参加したのが最初でした。そのときは年金の特集号を扱った広告で、『ひとり老後』というタイトル文字が躍っていたのですが……モニターさんが『こんなの全然読みたくない』と。『“老”という字が大嫌い』『こんな寂しいタイトルは嫌だ』など、それはもうコテンパンにたたかれていて。
だけど、その場に編集者は一人もいなかったんですよね。編集部は、毎回この意見を聞かずに誌面を作っているのかと驚きました。私は、貴重なご意見聞いちゃったと思って(笑)。早速、編集部に行って報告し、タイトルを変更することにしました。誌面はかなり進んでいたけど、タイトル変更だけなら間に合うからって」(山岡さん)
タイトルは「年金生活の不安、丸ごと解消」に修正。結果、その数年でいちばんの売上を記録する号になった。コピーとしては修正前の方がキャッチ―であり、編集部としてはセンセーショナルな投げかけをしたかったのかもしれない。しかし肝心の読者に刺さらなければ意味がない。
「本来、編集者はとても素直です。読者に受け入れられたり、喜んでもらえたりすることがうれしい。なにせ当時は“史上最低”の売上を記録していて、いちばん苦しんでいたのは編集部員でした。説得するのではなく、小さくてもいいから早く成果を出すことが変化を生んだのだと思います」(山岡さん)
これをきっかけに、徐々に編集部の意識も変化したというが、もう一つ大きな意識改革につながった特集号がある。それが、山岡さんが編集長に就任し、一から企画した号だった。事前に読者アンケートをとり「髪の毛の悩み」が最も多いことを確認した山岡さんは、ヘアスタイル特集を組むことに決定。しかし、まだ入社して数カ月だった山岡さんの企画には「ヘアスタイルは人生の一大事じゃない。がんや介護の方が重要だ」と反対する声も多かった。
そのような中で、読者協力のもと企画がスタート。20年以上、同じ髪形で過ごしてきたシニア女性を原宿の美容室に招いて変身してもらう撮影を行った。女性誌としてはさほど珍しい切り口ではなかったが、ハルメクでは今までやったことがない内容であり、編集部員も渋々、制作を進めていたというが――。
「撮影に協力してくださった女性が、驚くほど変身したんです。ご本人も想像以上のイメージチェンジだったようで、しばらく鏡の前から離れないほど喜んでくださいました。髪の毛が減り白髪になって、女性として自信をなくすことこそ『がんや介護に匹敵する人生の一大事』。それを間近に見て実感した編集部員も多かったようです」(山岡さん)
こうした経験の積み重ねが、編集部の意識を変えていく。マーケティング部が実施していたモニターのレビュー会にも参加するようになり、読者ニーズを自ら得るようになった。その過程で、山岡さんが統括する形で編集部とマーケティング部を統合。立ち話で終了していた広告制作会議も、今では2時間かけて意見を交わし合い、マーケティング部が持つデータを生かした上で進行するようになった。
“史上最低”から復活への道を歩み始めたハルメク。後編では、そんなハルメクをさらに大きく成長させた独自のデータマーケティング活動に迫る。
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