西武池袋ストを「無意味」だと言った人へ “小さき声”を過小評価すべきでない理由働き方の見取り図(1/4 ページ)

» 2023年09月11日 07時00分 公開
[川上敬太郎ITmedia]

 8月31日、西武池袋本店で行われたストライキの様子はメディアによって大きく報じられました。「本当にやったことに驚いた」「当たり前の権利行使」「全く生産性がない」――など、反響はさまざまです。

 大手百貨店でストライキが行われたのは61年ぶり。労働政策研究・研修機構の調査によると、ストライキを含めた争議行為を伴う争議件数は9581件に及んだ1974年から激減し、2021年には55件と、ピーク時の174分の1になっています。

 立場の弱い労働者にとって、ストライキは今も重要な主張手段ではあるものの、労働者が集団になって職場と闘う場面を見る機会はほとんど見られなくなっていたのが実情です。だからといって、決して労働者に不満がなくなったわけではありません。

“小さき声”が職場に与える影響とは――。写真は8月31日にストライキで臨時閉館した西武池袋本店(撮影:ITmedia)

 それどころか、働き手の志向が多様化するにつれて、職場に対する不満の声が個別細分化し、複雑化してきています。そのため、同じ職場の労働者だからといって必ずしも意見が一致するとは限らず、同じ不満を持つ者が集団を形成して声を大きくするという手法が取りづらくなっています。

 一方、近年それらの流れとは別に、個々の“小さき声”がきっかけとなって、やがて波紋のように広がり、長い間岩盤のように固かった理不尽なルールや慣例に穴が穿(うが)たれる現象が見られます。

 16年に「保育園落ちた日本死ね」という1人のママの投稿をきっかけに、政府が待機児童問題の解消に本腰を入れることになったのは象徴的な事例です。他の事例も挙げながら、“小さき声”がこれからの職場に与える影響を考察します。

著者プロフィール:川上敬太郎(かわかみ・けいたろう)

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ワークスタイル研究家。1973年三重県津市出身。愛知大学文学部卒業後、大手人材サービス企業の事業責任者を経て転職。業界専門誌『月刊人材ビジネス』営業推進部部長 兼 編集委員、広報・マーケティング・経営企画・人事部門等の役員・管理職、調査機関『しゅふJOB総合研究所』所長、厚生労働省委託事業検討会委員等を務める。雇用労働分野に20年以上携わり、仕事と家庭の両立を希望する“働く主婦・主夫層”の声のべ4万人以上を調査したレポートは200本を超える。NHK「あさイチ」他メディア出演多数。

現在は、『人材サービスの公益的発展を考える会』主宰、『ヒトラボ』編集長、しゅふJOB総研 研究顧問、すばる審査評価機構株式会社 非常勤監査役、JCAST会社ウォッチ解説者の他、執筆、講演、広報ブランディングアドバイザリー等の活動に従事。日本労務学会員。男女の双子を含む4児の父で兼業主夫。


ひとつの“つぶやき”が世の中を変えた

 「保育園落ちた日本死ね」というママのつぶやきがクローズアップされたころ、兼業主婦世帯は増加の一途をたどり、多くの働くママたちが仕事と育児の両立に頭を悩まされていました。しかし、世の中にはまだ専業主婦世帯をベースとした生活感覚が色濃く残っており、仕事と育児の両立は既に切実な問題になっていたにもかかわらず、当時は待機児童の増加に対して鈍感でした。

 世の中の感覚が専業主婦世帯を軸にしていると「ママは家にいて育児するもの」という考え方が前提となり、働きたいママが保育園に子どもを預けられず悩んでいても「そういうものだから」の一言で片づけられてしまいます。「そういうものだから」がまかり通る世の中の感覚と、働きたいママとの間にある壁はまさに岩盤です。

 ところが「保育園落ちた日本死ね」という“小さき声”は、境遇を同じくする人たちを中心に多くの共感を呼び、日本中にうごめく悲鳴となってこだましました。その声が、政府をも動かすことになります。

 厚生労働省によると、16年に2万3553人いた待機児童の数は、22年には2944人になり、約8分の1に減少しました。隠れ待機児童の存在など、課題は残されているものの、1人の働くママが発した“小さき声”がトリガーとなって、仕事と育児の両立に悩むママたちを後押ししたのは間違いありません。

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